2025-06-01から1ヶ月間の記事一覧
ここで少し日蓮から離れてミステリーの話題をします。 前にも書きましたが、実は私達の生きている今の世界には、多くのミステリーがあります。これらミステリーな事は、オカルトの話題に分類されがちであり、やもすると「科学的ではない」「非科学的である」…
伊豆流罪を赦免され、日蓮は鎌倉に戻ってきました。 この翌年の文永元年(1264年)十一月十一日に、日蓮は安房国小松原で「小松原の法難」に逢う事になります。 この小松原の法難ですが、安房の天津に向かっていた日蓮一行が小松原(現千葉県鴨川市)に差し…
日蓮は伊豆に流罪となりました。 流罪の地は伊東でしたが、この地は北条得宗家有縁の地であり、鎌倉幕府を開いた源頼朝が流罪された地であり、北条家の身内である伊東氏がこの地を治めていました。 鎌倉市中を引き回された後、由比ガ浜から伊東へと流されま…
松葉が谷の小庵を襲撃されましたが、そこを何とか逃れた日蓮は、鎌倉を一旦離れ、下総の富木常忍を頼りそこに滞在したという話があります。 富木常忍は下総国の守護である千葉氏の被官であり豪族でした。日蓮門下となったのは建長五年(1253年)とされていま…
昨日行われた東京都議会議員選挙。蓋を開けたら新宿区の現職、古城将夫氏。大田区では勝亦聡氏と玉川英俊氏の3名が落選し、もともと目黒区では擁立を見送りにしていたので、結果として4議席を失いました。 この事を見て、Xでも多少呟きましたが、このブロ…
さて、日蓮の話に戻ります。 前回は立正安国論を最明寺入道時頼(北条時頼)に上呈するまでの事を書きました。日蓮の想いとしては、恐らく最明寺入道に立正安国論を提出すれば、例えば意見を述べる場が持たれるとか、念仏僧との公場対決など何かしら幕府から…
チベット仏教では、指導者のダライ・ラマが亡くなった場合、直ぐに転生しているという事から、周囲に僧侶を派遣して、そのダライ・ラマの生まれ変わりを探すといいます。 これはダライ・ラマの人格が輪廻転生の中で、一貫してつながっているという事を前提に…
もう少しこの手の話題について取り上げてみたいと思います。 私は仏教を信じています。しかしこれは何も「御利益を得たい」とか「幸せになりたい」という事で信じている訳ではありません。そもそも仏教は私達が一般的に考える「幸せ、幸福」の為に説かれた教…
ここまで2例の臨死体験について紹介をしてきました。 前の記事にも書きましたが、医療の進歩と共に報告される臨死体験の数は増加しており、近年では臨死体験学(NDE)として研究が進んでいます。とはいえ、この学問はまだ日も浅い事もあり、この臨死体験に…
木内氏の臨死体験について、続けます。 ベッドで意識が戻った木内氏は周囲を確認しました。この時、足元では父親が仮眠しており、母親はベッド脇で点滴を見ていたそうです。 この時、木内氏はふと思ったそうです。 「あれ?これは俺、死んでんのかな?生き返…
もう一つ、臨死体験の内容について紹介をしたいと思います。 それは昨年、2024年12月に亡くなってしまいましたが、木内鶴彦氏の体験です。 木内氏は1954年に長野県南佐久郡小海町出身で生まれ、彗星探索家として、また特異な臨死体験の経験者として、とある…
さて、エベン氏が臨死体験をしていろ時、病院に運び込まれたエベン氏はどの様な状態だったのでしょうか。 ◆昏睡するエベン氏 医師たちは奥さんに明るく振る舞い対応していましたが、実際のところ、エベン氏は長く持ちこたえられないと見られていました。よし…
今回は以下の記事に関連した内容となります。 三世の生命観という事について - 自燈明・法燈明のつづり ここではエベン・アレクサンダー医師の臨死体験について紹介します。 ・エベン・アレクサンダーアメリカの脳神経外科医、ノースカロライナ大学チャペル…
立正安国論については一旦休憩して、ここで少し三世の生命観というか、その周辺の事について少し私が考えている事を書かせてもらいます。 ◆中学生から高校生の頃 そもそも私が創価学会に興味を抱いたのは、中学生の頃からでした。自宅には昭和40年代から50年…
立正安国論について続けます。 ・5つ目の問いと答えについて ここで客人は憤慨して言います。「何ぞ近年の災を以て聖代の時に課せ強ちに先師を毀り更に聖人を罵るや」と。つまり法然上人ほどの聖人はいないではないか、何故あなたは敢えてあら捜しの様に咎…
ここから立正安国論に書かれている内容について書いていきます。 当時、僧侶は今でいう学者的な立場でもありました。通常は僧侶の著す論というのは、格式のある論文による構成になるのですが、立正安国論は主人と客人による対話という形式を用いて書かれてい…
◆立正安国論の題号 日蓮が上呈した立正安国論という題号には、どの様な意義を込めていたのでしょうか。これは「正を立て国を安んじる論」という事ですが、この事について日蓮は立正安国論の中で以下の様に述べています。 「倩ら微管を傾け聊か経文を披きたる…
ここから立正安国論について書いていきます。 立正安国論とは今では国宝となっているものですが、これは日蓮が時の幕府に対して諌暁をしたものと言われています。日蓮の一生とは立正安国論に始まり、立正安国論に終わると言われており、亡くなる際、池上邸で…
正嘉の大地震のあと、駿河の岩本実相寺で一切経を閲覧し、その後の流れとしては立正安国論に行くと、ちょっと日蓮を齧った人であれば思う事でしょう。現に創価学会の教学試験で学ぶ日蓮の歴史はその程度でした。 当時の鎌倉もそうですが、全国的に見ると飢饉…
創価学会では選挙活動を日蓮の立正安国論に重ね「国家諌暁の戦い」とか「立正安国の戦い」なんて事を言いますが、そももそ立正安国論に纏わる出来事、またそれに対して日蓮がどの様に感じていたのか、細かく理解はしていません。これを理解するためには歴史…
日蓮の事を続けます。 安房国小湊の清澄寺を追放された後、日蓮が鎌倉に居を移した事は知られていますが、では実際に何時頃の時期に、鎌倉に居を移したのか、そこは明確に語られる資料はありません。一般的には建長六年(1254年)頃と言われています。 ◆鎌倉…
今回から日蓮の話に戻ります。 前の記事( 日蓮について振り返る⑤ - 自燈明・法燈明のつづり )では比叡山延暦寺の修学から戻った日蓮は、清澄寺の持仏堂で人々に対して、己が確信した教えについて説き始め、結果としてそれが日蓮の清澄寺追放という事に結び…
ヒル夫妻の事件について、続けます。 ◆アブダクション時の身体検査 さて、妻のベティが悪夢にうなされ、フラッシュバックに襲われたりした事もあり、精神治療のためにベンジャミン・サイモン博士の元を訪れ、退行催眠療法を受ける中、ヒル夫妻はUFO内に誘拐…
昨日からの続きです。 バーニーは止めた車から外に出ると、光る物体は既にすぐそばまで来ていました。木の高さの倍ほどの高さに物体は音もなく浮かんでいたのです。全体の形はちょっと傾き加減になったパンケーキの様でした。バーニーはこの物体が音もなく、…
今回は「ヒル夫妻」のアブダクション(誘拐)事件について紹介します。 一般的にアブダクションとは誘拐を指す言葉ですが、このヒル夫妻のアブダクション事件とは「宇宙人による誘拐」の事を言います。この様に話すと実に突飛な話にも聞こえてしまいますし、…
さて、もう少し御題目の事について考えてみたいと思います。 ◆御題目の音律 私の父親の実家は日蓮宗です。そして叔父(父の兄-故人)は身延山に修行に行って、何でも戒名を付ける資格を取ったと言っていました。その叔父や同じく別の叔父(父の弟-故人)も…
さて、創価学会では御題目を唱える事を勧めます。それは「祈りを叶えるため」であり、「自分の宿業を転換するため」であったりします。 ◆唱題について この御題目の唱え方として創価学会で教えるのは、文字曼荼羅の「妙」の字を見つめて、ただひたすら御題目…
創価学会では、御題目を唱える事をとても重要視しています。 私が創価学会で活動を止めた時、それまでの仲間の幾人かは私に対して「御題目は唱えているんだよな?」とよく質問をしてきました。それは組織活動はやめても、創価学会の信仰は辞めていないよな、…