自燈明・法燈明のつづり

思いついたら書くブログです

2025-09-01から1ヶ月間の記事一覧

創価学会の本尊について④

文字曼荼羅(本尊)について思索を続けます。 ここでは「創価学会の本尊について」としていますが、これは私が日蓮の文字曼荼羅を「御本尊」として理解した事から、この様な題名としています。創価学会の中で私はその様に教わりましたからね。 そして創価学…

創価学会の本尊について③

さて、この観心の本尊について「観心した内容の本尊」と前の記事でも書きましたが、日蓮はこの観心で何を観るのかと言えば、それは己心の中に一念三千について観る事を言っています。 ◆一念三千について この一念三千ですが、今でこそ日蓮正宗や創価学会で少…

創価学会の本尊について②

◆観心という事について さて、日蓮は観心本尊抄では「観心」という事を頭に付けています。これはつまり、この御書で示す事は「観心の本尊」という事であり、単なる本尊の事では無いと私は思いました。 ちなみに「観心」とは何かですが、この詳細については「…

創価学会の本尊について①

ここまでの間で「如来滅後五五百歳始観心本尊抄」を読んできました。 ここまで書いてきた観心本尊抄の内容は、決して人様に語れる内容では無いのですが、私自身の本尊観と信仰観を整理してまとめる意味もあって、今から数年前より少しづつ読み進めてきた内容…

観心本尊抄について(12)-地涌菩薩の出現について

疑つて云く正像二千年の間に地涌千界閻浮提に出現して此の経を流通するや 前の部分で法華経の末法の弘通は地涌の菩薩へ付属された事を述べていましたが、ここではその地涌の菩薩は正法と像法の二千年間に出現して、法華経を流布していくのかという問いを設け…

観心本尊抄について(11)-末法の本尊についての文証

前の記事からの続きです。 問うて曰く此の経文の遣使還告は如何 先の内容であった「使いを遣わして告げて言うには」の部分についてはどうなのかという問いを設けます。 答えて曰く四依なり四依に四類有り、小乗の四依は多分は正法の前の五百年に出現す、大乗…

観心本尊抄について➉-末法の本尊についての文証

問うて曰く其の証文如何 ここで前の部分で「在世の本門と末法の始は一同に純円なり但し彼は脱此れは種なり彼は一品二半此れは但題目の五字なり」と述べた事について、その証文は何処にあるのかという問いを設けます。 答えて云く涌出品に云く「爾の時に他方…

観心本尊抄について⑨-末法の本尊について

日蓮が己の解釈を語り、そこで本尊の相貌を明かしたのですが、ここからその本尊の内容について更に語っていきます。 問う正像二千余年の間は四依の菩薩並びに人師等余仏小乗権大乗爾前迹門の釈尊等の寺塔を建立すれども本門寿量品の本尊並びに四大菩薩をば三…

観心本尊抄について⑧-日蓮の解釈と本尊の相貌について

夫れ以れば釈迦如来の一代顕密大小の二教華厳真言等の諸宗の依経往いて之を勘うるに或は十方台葉毘盧遮那仏大集雲集の諸仏如来般若染浄の千仏示現大日金剛頂等の千二百尊但其の近因近果を演説して其の遠因果を顕さず、速疾頓成之を説けども三五の遠化を亡失…

観心本尊抄について⑦-内鑒令然

前の部分では法華経に対する疑念が述べられました。つまり法華経と爾前経を比較すれば爾前経に付くべきであり、法華経の一念三千という義は天台大師、伝教大師、そして日蓮の辟見であろうという事です。 その疑念について、ここから答えていきます。 答えて…

創価学会や公明党の議論の難しさ

いまこのブログでは「観心本尊抄」について読み解きを進めています。 ここまで読んでいて思うのは、日蓮は自身の感得した内容を、僧侶らしく様々な文献を引用して説明をしていますが、いずれの文献についても正直私達の生活の中で触れるものではなく、それが…

観心本尊抄について⑥-法華経への疑念

観心では人界に仏界が具わる事ばかりは信じる事も難しいと述べました。続いてここで法華経への疑念について述べていきます。 問うて曰く教主釈尊は[此れより堅固に之を秘す]三惑已断の仏なり又十方世界の国主一切の菩薩二乗人天等の主君なり行の時は梵天左…

観心本尊抄について⑤-観心について②

観心について続けます。 問うて曰く六道に於て分明ならずと雖も粗之を聞くに之を備うるに似たり、四聖は全く見えざるは如何 ここで六道の境涯については明確には見えないとは言っても、粗々の事を聞いてみるとこれは具わっているという事だと思うが、四聖(…

観心本尊抄について④-観心について①

続いて観心という事について日蓮は述べていきます。 問うて曰く出処既に之を聞く観心の心如何、答えて曰く観心とは我が己心を観じて十法界を見る是を観心と云うなり、譬えば他人の六根を見ると雖も未だ自面の六根を見ざれば自具の六根を知らず明鏡に向うの時…

観心本尊抄について③-一念三千の詳述

続いて観心本尊抄では、一念三千の中身について述べていきます。 問うて曰く百界千如と一念三千と差別如何、答えて曰く百界千如は有情界に限り一念三千は情非情に亘る ここではまず一念三千の詳細について述べていきます。 ここで問いを設け、百界千如と一念…

観心本尊抄について②-一念三千について

さっそく本文へと入っていきます。 如来滅後五五百歳始観心本尊抄 本朝沙門日蓮撰 /文永十年 五十二歳御作摩訶止観第五に云く[世間と如是と一なり開合の異なり。] 「夫れ一心に十法界を具す一法界に又十法界を具すれば百法界なり一界に三十種の世間を具す…

観心本尊抄について①

先日まで拙い内容で大変恐縮でしたが、開目抄について取り上げさせて頂きました。 次に紹介したいのは観心本尊抄(正式には如来滅後五五百歳始観心本尊抄と言います)について取り上げてみたいと思います。 まずはじめに日蓮の本尊観について考察してみます…

【死後の魂が行く世界に】ついて考察

ちょっと公明党関係の記事を連続して書いてしまいましたが、私が本来このブログで書いてみたい記事というのは、公明党の批判等ではありません。公明党と同じく創価学会について書く時には、そこから見えた事や考えた事を足掛かりとして、私自身の考えとして…

創価学会と公明党は政教一致ではない!への雑感・・その②

さて、この話題で2つ目の話を書かせてもらいます。 昨日、公明党は参議院選挙の敗北に関する総括文書を公表しました。そこには色々と書かれていましたが、要は先だっての衆議院選挙の敗北から、東京都議選の敗北、そして先日の参議院選挙の敗北の原因につい…

創価学会と公明党は政教一致ではない!への雑感・・その①

最近、X(旧ツィッター)ではこの写真の様な雰囲気満々で、何かと以下の言葉を私に投げかけてくる人が多くいます。 「創価学会と公明党は政教一致していません。宗教団体が政治活動する事は認められています」「創価学会は国から何も特権を受けていないので…

御題目と唱題について

今回は少しお題目の事について書いてみます。 私がお題目を始めて唱えたのは、小学生の頃でした。私の家族は一応、創価学会の会員になっていましたが、初め活動していたのは母親だけでした。家には小さな御厨子があって、タンスの上にそれは乗っている程度。…

この世界の在り様について

ここ最近、記事の更新が滞っていました。 というのも、この暑い日々で気持ちがダレている事もありますが、仕事をしている中で個人的に様々な事を抱えて日々生きていますので、なかなかブログを書く事も出来ないという状況でした。 そんな中ですが、最近ちょ…

開目抄について振り返って見る

ちょっと長い期間になりましたが、日蓮の御書である開目抄を読んできました。 繰り返しになりますが、日蓮正宗や創価学会等では、この開目抄の事を「人本尊開顕の書」と言い、日蓮自身が人本尊(人として根本尊形するもの)である事をこの御書で明かしたとい…

開目抄について(17)-弟子への言葉

開目抄も終盤です。 ここで日蓮は、自身が受けている様々な迫害について語っていきます。 「疑つて云くいかにとして汝が流罪死罪等を過去の宿習としらむ、答えて云く銅鏡は色形を顕わす秦王験偽の鏡は現在の罪を顕わす仏法の鏡は過去の業因を現ず」 ここで自…

開目抄について(16)-法華経の行者を問う

三類の強敵について論究した後、再度ここで法華経の行者について問い直します。 「有る人云く当世の三類はほぼ有るににたり、但し法華経の行者なし汝を法華経の行者といはんとすれば大なる相違あり」 ここではある人が問う事として述べていますが、この世界…

開目抄について(15)-三類の強敵について

続いて開目抄の中で日蓮は三類の強敵というものについて述べていきます。 「第一の有諸無智人と云うは経文の第二の悪世中比丘と第三の納衣の比丘の大檀那と見へたり、随つて妙楽大師は「俗衆」等云云、東春に云く「公処に向う」等云云、」 ここでまず第一の…

開目抄について(14)-法華経の行者について

六難九易について前の記事で書いた部分では示し、その六難九易の経典である法華経を行じているのが日蓮自身に他ならない事を述べました。 つづけて日蓮は、法華経の行者とは今の時代で誰を指す事なのかについて言及していきます。 「宝塔品の三箇の勅宣の上…

開目抄について(13)-三度の仏勅と六難九易

日蓮は自身が法華経の行者では無いのか、さらに自問を進めていきます。 「疑て云く当世の念仏宗禅宗等をば何なる智眼をもって法華経の敵人一切衆生の悪知識とはしるべきや、答えて云く私の言を出すべからず経釈の明鏡を出して謗法の醜面をうかべ其の失をみせ…

開目抄について(12)-本尊に惑う諸宗

開目抄を続けます。 前の部分では久遠実成によって、諸仏は全て釈迦の分身仏となり、多くの菩薩や二乗、そして諸天も全て釈迦の弟子となった事を述べました。 よく創価学会では「本尊に惑う」という事を以前に言っていましたが、これを開目抄にある「本尊に…