自燈明・法燈明のつづり

思いついたら書くブログです

創価学会関係

創価学会の役職について(13)-区男子部長②

私が区男子部長をしていた期間は1年に満たないものでした。 それは今から二十年以上も前の事であり、いま改めて思い返すと日々お祭りの様に、ひたすら組織活動に踊り狂っていた時期の様に感じます。 ただ改めてその僅かな記憶を掘り返してみると、様々な事…

創価学会の役職について(13)-区男子部長①

創価学会の中での役職経験で、次は区男子部長時代の事を少し書いてみたいと思います。 当時の創価学会男子部の中では、男子部で面白いのは部長か区男子部長だという話しがありました。これは自分の思い通りの活動が出来るという観点からなのかもしれません。…

創価学会の役職について(12)-区書記長③

区書記長時代というのは、とにかく組織の事務屋として行う事が大概でした。 私が若い頃、そうですね、地区幹部の頃には区書記長が組織から居なくなった事がありました。その書記長は強面の人で、誰もが恐れる人だったのですが、いきなり消えてしまったのです…

創価学会の役職について(12)-区書記長②

私がこの区書記長をやっていて良かったなと思う事は、今の仕事にも多少、その経験が役立っていると感じる事です。 今の仕事はIT関連の仕事で、機器メーカーと協力してサービス提供を進めるのですが、その際の間の取り方やスケジュール感を考える時、この書記…

創価学会の役職について(12)-区書記長①

前回の本部長という役職で活動をしていた頃は、正直記憶が薄いものでした。これはあまり印象に残る事は無かったという事なのかもしれません。 でもけして暇だったという訳ではなく、どちらかと言うと「人との接しあい」というよりも、組織の運営サイドの活動…

創価学会の役職について(11)-本部長時代

今回は創価学会の役職の話をします。 副本部長兼任部長という立場は、約1年間で終了しました。 実は地元の創価学会の組織割の改変があって、それまで3本部15支部体制から4本部17支部体制となりました。またそれに合わせて本部長が区で1名増員となっ…

創価学会の役職について(10)-区広宣部長時代

前の記事では副本部長になった事を書きましたが、今回は創価班で区広宣部長になった時の事を書いてみます。 創価学会で本部幹部以上の人事は、聖教新聞の方面版のページで「人事紹介」として紹介されます。しかし創価班の広宣部長という名称で発表される事は…

創価学会の役職について(10)-副本部長時代

さて、創価学会の役職経験の事について続けていきます。 しかしこうして今から四半世紀以上前の経験を書こうとして、記憶の糸を手繰り寄せていますが、この当時は本気で「50歳まで生きたら御の字だな」なんて考えても居ました。とにかく休日も無いし恒常的に…

創価学会の役職について(9)-創価班班長の事(広宣部)

さて、創価学会の役職の件を続けます。 今回は広宣部の事を書いていきます。創価班と言う組織では当時「運営畑」「広宣畑」と呼んでいましたが、私の場合は組織の部長と共に創価班班長をやっていて、そこに広宣部というのが常に付いていました。だから周辺か…

創価学会の役職について(9)-創価班班長の事

創価学会の役職の事について書きます。 昔は「創価班大学校」「牙城会大学校」という二つの潮流があって、そこから「創価班」「牙城会」という人材グループの流れがありました。しかし最近では男子部世代が枯渇している事もあり、「創価班大学校」「牙城会大…

創価学会の役職について(8)-部長の事④「折伏」

男子部時代の部長の活動の中、今でも一番印象が残るもの。それは「折伏」です。 日寛師の御本尊授与が再開されたばかりの時には、この「折伏戦」についてはそれほど過激ではありませんでした。とにかく「常識的に」という言葉が良く語られていました。しかし…

創価学会の役職について(8)-部長の事③「御本尊授与や選挙など」

今から考えてみたら、私が男子部の部長という役職についた当時は、創価学会としても大きな変化を迎えていた時期だと思います。 まず一つ目は、国政選挙の活動がありませんでした。 これは1994年12月に新進党が成立し、公明党は分党した時期でもあったのです…

創価学会の役職について(8)-部長の事②

さて、部長の話を続けます。 部長になると「創価学会人事委員会」という名目の入った「任命書」が手渡されました。これは私が本部長になって知った事なのですが、男子部で部長もしくは副部長になると「幹部コード」というのが割り振られます。いわゆる幹部の…

創価学会の役職について(8)-部長の事①

創価学会の役職について書いてみます。 前回は地区リーダーであり、創価班での運営や広宣部の事も書かせてもらいました。 私は21歳から地区リーダーを5年ほどやりました。年齢にすれば21歳から26歳までの5年間です。この地区リーダーの期間は、当時の地元組…

創価学会の役職について(7)-創価班の事③

今回は創価班の広宣部について書いていきます。 私が広宣部になったのは、23歳の時でした。この広宣部とは法華講や顕正会の対応をする部局として創価班の中にある組織で、そこで新規に部員を募集するという話しが先輩からあり、特に異論も無かったので広宣部…

創価学会の役職について(7)-創価班の事②

今回も創価班の経験について書いていきます。 ◆本山担当創価班 私が創価班になって間もなくの頃、第二次宗門問題が勃発しました。当初は宗門側でも一部僧侶の跳ね返りが起こしていたと末端組織では教えられており、問題勃発してから登山停止(1991年11月18日…

創価学会の役職について(7)-創価班の事①

ここで役職ではありませんが、創価班での事について少し書いてみます。 男子部で班長時代には創価班大学校でしたが、地区リーダーとなり、創価班でも現役の班員としての活動をしていましたので、そこで経験した事について紹介します。 ◆会館運営 当時は月一…

創価学会の役職について(6)-地区リーダー時代の事②

さて、もう少し地区リーダー時代の事を続けます。 今回書くのは少しセンシティブな感じの内容なので、本筋は変らない様に書きますが、かなりぼかして書かせてもらいます。 私が最後に地区リーダーをやった地区では、地区部長が途中で代わり私の先輩が地区部…

創価学会の役職について(5)-地区リーダー時代の事

創価学会の中で経験した役職の事について書いていきます。 私はこの地区リーダーを5年間、当時いた支部では四地区ありましたが、そのうち三地区で地区リーダーをやりました。最後は自分の統監のあった地区で半年程度だったと記憶してます。 いまの創価学会…

創価学会の役職について(4)-地区リーダー

さて、班長の事を書きましたが、この班長は1年間やっていました。 そして1年経過したある時、私の処へ部長が訪ねてきました。この当時、部長とは部活や朝勤行会で会う程度でしたが、いきなり来たのには少し驚きました。何事なのかと部長に聞くと「斎藤、お…

創価学会の役職について(3)-班長の活動

男子部の班長という役職は、家庭訪問というよりも折伏がメインでした。 私の場合、班長と同時に創価班大学校に入校してしまったからかもしれませんが、当時の学会活動の事で、今でも覚えているのは折伏の思いでばかりです。 折伏とは仏教用語で、相手の間違…

創価学会の役職について(2)-創価班大学校

班長の事は前回の記事に書きましたが、今回は創価班大学校について書いてみたいと思います。 創価班とは人材グループなので、役職という割り付けには該当しないとも思われますが、こちらでも私は役職を経験しているので、そういう事からこちらで書いてみたい…

創価学会の役職について(1)-班長

私が創価学会で初めて役職を受けたのは20歳の頃でした、役職は「班長」でした。この班長という役職は、男子部として始めに受ける役職なんですね。私が本部長の頃からはニューリーダーなんて名称に変わりましたが、基本的な事はあまり変わりないと思います。 …

創価学会の役職について

公明党が連立政権を離脱してから、ネット上がかなり騒がしい状況になっています。 私が何時も考える事なのですが、私の男子部の最終役職は分県青年部長でした。これは41歳当時の話です。もし私が男子部で副本部長という役職で終わっていたら、恐らく今頃は嫁…

御題目について考えた事③

さて、もう少し御題目の事について考えてみたいと思います。 ◆御題目の音律 私の父親の実家は日蓮宗です。そして叔父(父の兄-故人)は身延山に修行に行って、何でも戒名を付ける資格を取ったと言っていました。その叔父や同じく別の叔父(父の弟-故人)も…

御題目について考えた事②

さて、創価学会では御題目を唱える事を勧めます。それは「祈りを叶えるため」であり、「自分の宿業を転換するため」であったりします。 ◆唱題について この御題目の唱え方として創価学会で教えるのは、文字曼荼羅の「妙」の字を見つめて、ただひたすら御題目…

御題目について考えた事①

創価学会では、御題目を唱える事をとても重要視しています。 私が創価学会で活動を止めた時、それまでの仲間の幾人かは私に対して「御題目は唱えているんだよな?」とよく質問をしてきました。それは組織活動はやめても、創価学会の信仰は辞めていないよな、…

創価学会の教義改正③

2014年11月18日に原田会長が発表した教義改正は、三大秘法に関しての内容を変更したものですが、それに付随して創価学会が日蓮仏法と呼ぶ教義内容や、その歴史の解釈についても変更するものでした。 この事については翌年の2015年1月29日付の聖教新聞四面に…

創価学会の教義改正②

今回から教義改正の具体的な内容について、読み返しながら思う事を書いていきます。 1.本尊観の変更 2014年11月に行われた教学条項の会則改正の中身について、まずは取り上げてみます。 (旧条項)「日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ、一閻浮提総与・三大秘…

創価学会の教義改正①

昨日の記事では、創価学会の行う折伏について思う処を書かせてもらいました。 端的に言えば折伏とは正しい法を以って、相手の間違いを指摘し、組み伏せる行いの事を指しています。でも果たして、創価学会は「正しい教え」を教義として持っていたのか。私はそ…