自燈明・法燈明のつづり

思いついたら書くブログです

日蓮と仏教関係

日興師と五老僧について考える(五一相対)②

富士宗学要集第二巻によれば、五人所破抄には「嘉暦三戊辰年七月草案す 日順」とある。 嘉暦三年(1328年)と言えば、六老僧は既に亡くなり日興師も最晩年の時であった。ここにある「日順」とは重須談所(北山本門寺)の二代学頭職にあったもので、日興師か…

日興師と五老僧について考える(五一相対)①

さて、前回の記事では日蓮の門弟の中で、後世を託された六老僧の事、そして日興師への付属という事について、少し思う処を書かせてもらいました。 日蓮が亡くなったのは弘安五年(1282年)なので、今から750年ほど前の事です。そして亡くなって以降、それぞ…

日蓮は日興師に付属したのか

仏教が日本に渡来した時、国家鎮護の教えとして日本に根付きました。 要は朝廷を中心とした日本の国家を護る教えとして定着したんですね。だからその仏教を執り行う僧侶は官僧(今でいう公務員)であり、彼らは国家からの許認可の元で僧侶という立場を得てい…

六老僧について②

六老僧について続けます。 私は創価学会の活動を止めた時、二つ思いがありました。 一つ目は「池田大作という人物を知りたい」という事、そして二つ目は「日蓮という人物の志を知りたい」という事でした。 十九歳の時、先輩から日蓮仏法という事を耳にしてか…

六老僧について①

最近まで何かと選挙関連の記事を多く書いてしまいましたが、ここで久しぶりに日蓮に関する事について書いていきます。 弘安5年(1282年)10月13日に日蓮は武蔵国の池上邸(現在の東京都大田区)で入寂しましたが、それを遡る事、10月8日に日蓮は門弟の中から…

日蓮の入寂について

さて、日蓮の入寂について書いてみます。 一般的に日蓮宗や日蓮正宗、また関連する宗教団体ではこれを「入滅」と呼ぶ節がありますが、私は仏教において高僧や修行者が亡くなることを表す敬語的表現として「入寂」という表現を使わせてもらいます。 日蓮は仏…

弘安の役について

日蓮の時代の歴史について、書いていきます。 前にも書いた「文永の役」で、日蓮が立正安国論で予見していた「他国侵逼難」は現実なものとなりました。しかし文永の役では、結果として元軍では作戦失敗という事で、日本から撤退しました。 この時、鎌倉幕府…

聖人御難事と出世の本懐

さて、拙い内容で恐縮ですが、昨日の記事で「熱原の法難」について少しまとめてみました。 日蓮は弘安2年9月21日の「熱原の法難」の報告を受け、10月1日に四条金吾に対して「人々御中に報ず」として「聖人御難事」という書をしたため届けました。そしてこの…

身延入山後の日蓮について(熱原の法難)

日蓮が鎌倉を去り身延に入山した後、世の中は文永の役で特に九州方面では大変な苦難の時期を迎える事になりました。これについては前の記事で「文永の役」の事を簡単にまとめましたので、そちらを参照してください。 身延入山後の日蓮の行動を見ると、それま…

文永の役について

日蓮が身延へと去ってから、約半年後に文永の役が起きました。 この文永の役について、日蓮の種種御振舞御書に以下の記述があります。 「同十月に大蒙古国よせて壱岐対馬の二箇国を打ち取らるるのみならず、太宰府もやぶられて少弐入道大友等ききにげににげ…

日蓮の身延入山

日蓮は平左衛門頼綱からの評定の場で、三回目の諌暁を幕府に行いました。しかし後幕府を阿弥陀堂法印による雨乞いを命じた事で、中国の故事に寄せて「三度国をいさめんにもちゐずば国をさるべし」と鎌倉を去る事に決めました。そして身延へと入山する事にな…

三度目の諌暁

日蓮は佐渡流罪を赦免され、幕府に呼び戻されました。そしてこの後に相対したのは平左衛門尉頼綱でした。 この平頼綱は北条得宗家の内管領(執事)として北条時宗の側近に居て、日蓮を迫害した人物でもありました。 この時の状況について、日蓮は種種御振舞…

佐渡流罪の赦免

日蓮が佐渡に流罪され、塚原三昧堂に入ったのが文永八年(1271年)11月1日でしたが、文永十一年(1274年)3月8日に幕府からの赦免状が、佐渡の地へ届きます。この事については種種御振舞御書に以下の様に書かれています。 「かくの如くして上へ此の由を申さ…

大仏(北条)宣時からの弾圧

日蓮の話題に戻ります。 佐渡流罪中に「開目抄」と「如来滅後五後百歳始観心本尊抄」を日蓮は認めましたが、私は開目抄は「人本尊開顕の書」ではなく、日蓮の遺言的な意味あいを持つ書であり、ギリシャに於けるソクラテスの弁明に近いものであると、以前に見…

観心本尊抄について(12)-地涌菩薩の出現について

疑つて云く正像二千年の間に地涌千界閻浮提に出現して此の経を流通するや 前の部分で法華経の末法の弘通は地涌の菩薩へ付属された事を述べていましたが、ここではその地涌の菩薩は正法と像法の二千年間に出現して、法華経を流布していくのかという問いを設け…

観心本尊抄について(11)-末法の本尊についての文証

前の記事からの続きです。 問うて曰く此の経文の遣使還告は如何 先の内容であった「使いを遣わして告げて言うには」の部分についてはどうなのかという問いを設けます。 答えて曰く四依なり四依に四類有り、小乗の四依は多分は正法の前の五百年に出現す、大乗…

観心本尊抄について➉-末法の本尊についての文証

問うて曰く其の証文如何 ここで前の部分で「在世の本門と末法の始は一同に純円なり但し彼は脱此れは種なり彼は一品二半此れは但題目の五字なり」と述べた事について、その証文は何処にあるのかという問いを設けます。 答えて云く涌出品に云く「爾の時に他方…

観心本尊抄について⑨-末法の本尊について

日蓮が己の解釈を語り、そこで本尊の相貌を明かしたのですが、ここからその本尊の内容について更に語っていきます。 問う正像二千余年の間は四依の菩薩並びに人師等余仏小乗権大乗爾前迹門の釈尊等の寺塔を建立すれども本門寿量品の本尊並びに四大菩薩をば三…

観心本尊抄について⑧-日蓮の解釈と本尊の相貌について

夫れ以れば釈迦如来の一代顕密大小の二教華厳真言等の諸宗の依経往いて之を勘うるに或は十方台葉毘盧遮那仏大集雲集の諸仏如来般若染浄の千仏示現大日金剛頂等の千二百尊但其の近因近果を演説して其の遠因果を顕さず、速疾頓成之を説けども三五の遠化を亡失…

観心本尊抄について⑦-内鑒令然

前の部分では法華経に対する疑念が述べられました。つまり法華経と爾前経を比較すれば爾前経に付くべきであり、法華経の一念三千という義は天台大師、伝教大師、そして日蓮の辟見であろうという事です。 その疑念について、ここから答えていきます。 答えて…

観心本尊抄について⑥-法華経への疑念

観心では人界に仏界が具わる事ばかりは信じる事も難しいと述べました。続いてここで法華経への疑念について述べていきます。 問うて曰く教主釈尊は[此れより堅固に之を秘す]三惑已断の仏なり又十方世界の国主一切の菩薩二乗人天等の主君なり行の時は梵天左…

観心本尊抄について⑤-観心について②

観心について続けます。 問うて曰く六道に於て分明ならずと雖も粗之を聞くに之を備うるに似たり、四聖は全く見えざるは如何 ここで六道の境涯については明確には見えないとは言っても、粗々の事を聞いてみるとこれは具わっているという事だと思うが、四聖(…

観心本尊抄について④-観心について①

続いて観心という事について日蓮は述べていきます。 問うて曰く出処既に之を聞く観心の心如何、答えて曰く観心とは我が己心を観じて十法界を見る是を観心と云うなり、譬えば他人の六根を見ると雖も未だ自面の六根を見ざれば自具の六根を知らず明鏡に向うの時…

観心本尊抄について③-一念三千の詳述

続いて観心本尊抄では、一念三千の中身について述べていきます。 問うて曰く百界千如と一念三千と差別如何、答えて曰く百界千如は有情界に限り一念三千は情非情に亘る ここではまず一念三千の詳細について述べていきます。 ここで問いを設け、百界千如と一念…

観心本尊抄について②-一念三千について

さっそく本文へと入っていきます。 如来滅後五五百歳始観心本尊抄 本朝沙門日蓮撰 /文永十年 五十二歳御作摩訶止観第五に云く[世間と如是と一なり開合の異なり。] 「夫れ一心に十法界を具す一法界に又十法界を具すれば百法界なり一界に三十種の世間を具す…

観心本尊抄について①

先日まで拙い内容で大変恐縮でしたが、開目抄について取り上げさせて頂きました。 次に紹介したいのは観心本尊抄(正式には如来滅後五五百歳始観心本尊抄と言います)について取り上げてみたいと思います。 まずはじめに日蓮の本尊観について考察してみます…

開目抄について(17)-弟子への言葉

開目抄も終盤です。 ここで日蓮は、自身が受けている様々な迫害について語っていきます。 「疑つて云くいかにとして汝が流罪死罪等を過去の宿習としらむ、答えて云く銅鏡は色形を顕わす秦王験偽の鏡は現在の罪を顕わす仏法の鏡は過去の業因を現ず」 ここで自…

開目抄について(16)-法華経の行者を問う

三類の強敵について論究した後、再度ここで法華経の行者について問い直します。 「有る人云く当世の三類はほぼ有るににたり、但し法華経の行者なし汝を法華経の行者といはんとすれば大なる相違あり」 ここではある人が問う事として述べていますが、この世界…

開目抄について(15)-三類の強敵について

続いて開目抄の中で日蓮は三類の強敵というものについて述べていきます。 「第一の有諸無智人と云うは経文の第二の悪世中比丘と第三の納衣の比丘の大檀那と見へたり、随つて妙楽大師は「俗衆」等云云、東春に云く「公処に向う」等云云、」 ここでまず第一の…

開目抄について(14)-法華経の行者について

六難九易について前の記事で書いた部分では示し、その六難九易の経典である法華経を行じているのが日蓮自身に他ならない事を述べました。 つづけて日蓮は、法華経の行者とは今の時代で誰を指す事なのかについて言及していきます。 「宝塔品の三箇の勅宣の上…