自燈明・法燈明のつづり

思いついたら書くブログです

日蓮と仏教関係

開目抄について(17)-弟子への言葉

開目抄も終盤です。 ここで日蓮は、自身が受けている様々な迫害について語っていきます。 「疑つて云くいかにとして汝が流罪死罪等を過去の宿習としらむ、答えて云く銅鏡は色形を顕わす秦王験偽の鏡は現在の罪を顕わす仏法の鏡は過去の業因を現ず」 ここで自…

開目抄について(16)-法華経の行者を問う

三類の強敵について論究した後、再度ここで法華経の行者について問い直します。 「有る人云く当世の三類はほぼ有るににたり、但し法華経の行者なし汝を法華経の行者といはんとすれば大なる相違あり」 ここではある人が問う事として述べていますが、この世界…

開目抄について(15)-三類の強敵について

続いて開目抄の中で日蓮は三類の強敵というものについて述べていきます。 「第一の有諸無智人と云うは経文の第二の悪世中比丘と第三の納衣の比丘の大檀那と見へたり、随つて妙楽大師は「俗衆」等云云、東春に云く「公処に向う」等云云、」 ここでまず第一の…

開目抄について(14)-法華経の行者について

六難九易について前の記事で書いた部分では示し、その六難九易の経典である法華経を行じているのが日蓮自身に他ならない事を述べました。 つづけて日蓮は、法華経の行者とは今の時代で誰を指す事なのかについて言及していきます。 「宝塔品の三箇の勅宣の上…

開目抄について(13)-三度の仏勅と六難九易

日蓮は自身が法華経の行者では無いのか、さらに自問を進めていきます。 「疑て云く当世の念仏宗禅宗等をば何なる智眼をもって法華経の敵人一切衆生の悪知識とはしるべきや、答えて云く私の言を出すべからず経釈の明鏡を出して謗法の醜面をうかべ其の失をみせ…

開目抄について(12)-本尊に惑う諸宗

開目抄を続けます。 前の部分では久遠実成によって、諸仏は全て釈迦の分身仏となり、多くの菩薩や二乗、そして諸天も全て釈迦の弟子となった事を述べました。 よく創価学会では「本尊に惑う」という事を以前に言っていましたが、これを開目抄にある「本尊に…

開目抄について(11)-久遠実成について

さて、ここから開目抄下に入ります。 前回の記事で二乗作仏について法華経で説かれた事で、釈迦の十大弟子等の多くの弟子が聖人として敬われる様になったとの話をし、その後に華厳経で説かれた法は、実は釈迦の説いた教えではなく、他の仏国土から来た菩薩が…

開目抄について➉-法華経こそが大乗仏教の要

日蓮は法華経の行者を自認していますが、その日蓮に何故諸天の加護が無いのか、その事について考察を進めていきます。 ここからの内容は、個人的には「くどい」という感想を抱いてしまいましたが、考えて見ると、この事は日蓮の門下の中でも大きな疑念として…

開目抄について⑨-三国四師について

この開目抄は本当に長い御書なんですが、何故日蓮はこの様な長文の御書を、わざわざ佐渡の地で認めて、それを四条金吾へ与えたのでしょうか。これは恐らく日蓮が龍ノ口で斬首にされそうになり、その後、佐渡に流罪された事で、鎌倉を中心にした日蓮門下にも…

開目抄について⑧-日蓮自身に対する述壊

法華経は難信難解の法門であり、その法華経を広めようとした自身について語り始めます。 ◆但日蓮一人なり 「此に日蓮案じて云く世すでに末代に入つて二百余年辺土に生をうけ其の上下賎其の上貧道の身なり」 信じ難く理解し難い法華経を知り、それを広めよう…

開目抄について⑦―本門の因果について

ここから日蓮の教えの核心部分へと入っていきます。 ◆本門の因果について 「此等の二つの大法は一代の綱骨一切経の心髄なり、迹門方便品は一念三千二乗作仏を説いて爾前二種の失一つを脱れたり、しかりといえどもいまだ発迹顕本せざればまことの一念三千もあ…

開目抄について⑥-久遠実成について

ここまで開目抄を紹介してきましたが、開目抄はとても長文の御書になっています。この御書を与えられたのは四条金吾を筆頭に、鎌倉の門下一同に対してです。当時の日蓮は佐渡に流罪され、何時斬首されてもおかしくない状況の中で、鎌倉に残った門下も様々な…

開目抄について⑤-二乗作仏について

開目抄では先に「二箇の大事あり」と、爾前経と法華経には二つの大きな違いがある事を述べましたが、ここでその事について詳述を始めます。 「此に予愚見をもつて前四十余年と後八年との相違をかんがへみるに其の相違多しといえども先ず世間の学者もゆるし我…

開目抄について④-法華経宗の興亡

前の章では道教や儒教の中に仏教が混入した事について日蓮は述べていましたが、つづいて漢土(中国)や日本の中で、法華経宗と表題に書きましたが、天台大師智顗の打ち立てた宗派がどの様に興亡していったのかについて述べています。 日蓮の法華経信仰の原点…

開目抄について③-法華経について語る

開目抄について続けていきます。 ◆法華経について 「儒外内」と、人が修学すべき事の中で仏教が一番肝要な事とは言っても、その仏教の中は様々な宗派等に分かれていました。 「但し仏教に入て五十余年の経経八万法蔵を勘たるに小乗あり大乗あり権経あり実経…

開目抄について②-著述の思い

長い間、私はこの開目抄を「人本尊開顕の書」だと信じてきた。しかし創価学会や日蓮正宗からの「呪縛」から逃れて、改めて読んでみるとそこには違った内容が見えてきたのです。 ここで改めて当時の日蓮及び周囲の状況について確認してみます。日蓮が佐渡流罪…

開目抄について①-背景と大意

さて、今回は日蓮の事について書いていきます。 前回は塚原問答と、守護代の本間氏に対して「二月騒動」の事を伝えた事を紹介しました。この塚原問答の時期に日蓮が書き著した御書が「開目抄」となります。 当時は現代と違い、紙は貴重なものでした。そこ事…

佐渡の日常と塚原問答

日蓮の事について続けます。 最近、SNSでは公明党やその支持者たちが必死に、公明党は凄いとか、実績オバケだとか言っていますが、彼らの大半はそもそも創価学会員であり、日蓮の顕した文字曼荼羅に日蓮の唱えた御題目を日々唱えているんですから、もう少し…

佐渡流罪

今回も日蓮の事を続けます。 相模国依知(現在の神奈川県厚木市)にとどめ置かれていた日蓮は、その後、幕府の命により佐渡島へ流罪となりました。 龍ノ口の首の座があったのは9月12日で、10月に幕府から佐渡流罪の決定がなされたので、1か月近く、この相模…

発迹顕本の意義についての考察

さて、ラセルタファイルで長い間、空いてしまいましたが、日蓮に対する思索を少し進めてみたいと思います。 ◆発迹顕本について 日蓮正宗や過去の創価学会ではこの「龍ノ口の法難」で日蓮は発迹顕本(ほっしゃくけんぽん)されたと言われています。その具体的…

龍ノ口の法難について②

さて、龍ノ口の法難について話を続けます。 この龍ノ口の法難を知る手がかりとしては、日蓮の種種御振舞御書が一つの手がかりとなります。恐らく幕府の瞋りの根本原因の中には、当時の鎌倉仏教界の中から日蓮への讒言も多くあった事が伺われます。 それは日…

龍ノ口の法難について①

さて、日蓮の話題に戻ります。 前回の記事では小松原の法難まで書きました。 tango-saito.hateblo.jp 日蓮は伊豆流罪から生還するだけではなく、小松原法難の前後では地頭の東条景信との訴訟で勝利して、しかもその東条景信からの闇討ちの中でも生き延びてい…

東条御厨と小松原の法難

伊豆流罪を赦免され、日蓮は鎌倉に戻ってきました。 この翌年の文永元年(1264年)十一月十一日に、日蓮は安房国小松原で「小松原の法難」に逢う事になります。 この小松原の法難ですが、安房の天津に向かっていた日蓮一行が小松原(現千葉県鴨川市)に差し…

伊豆流罪赦免まで

日蓮は伊豆に流罪となりました。 流罪の地は伊東でしたが、この地は北条得宗家有縁の地であり、鎌倉幕府を開いた源頼朝が流罪された地であり、北条家の身内である伊東氏がこの地を治めていました。 鎌倉市中を引き回された後、由比ガ浜から伊東へと流されま…

伊豆流罪

松葉が谷の小庵を襲撃されましたが、そこを何とか逃れた日蓮は、鎌倉を一旦離れ、下総の富木常忍を頼りそこに滞在したという話があります。 富木常忍は下総国の守護である千葉氏の被官であり豪族でした。日蓮門下となったのは建長五年(1253年)とされていま…

松葉が谷の法難

さて、日蓮の話に戻ります。 前回は立正安国論を最明寺入道時頼(北条時頼)に上呈するまでの事を書きました。日蓮の想いとしては、恐らく最明寺入道に立正安国論を提出すれば、例えば意見を述べる場が持たれるとか、念仏僧との公場対決など何かしら幕府から…

立正安国論について④

立正安国論について続けます。 ・5つ目の問いと答えについて ここで客人は憤慨して言います。「何ぞ近年の災を以て聖代の時に課せ強ちに先師を毀り更に聖人を罵るや」と。つまり法然上人ほどの聖人はいないではないか、何故あなたは敢えてあら捜しの様に咎…

立正安国論について③

ここから立正安国論に書かれている内容について書いていきます。 当時、僧侶は今でいう学者的な立場でもありました。通常は僧侶の著す論というのは、格式のある論文による構成になるのですが、立正安国論は主人と客人による対話という形式を用いて書かれてい…

立正安国論について②

◆立正安国論の題号 日蓮が上呈した立正安国論という題号には、どの様な意義を込めていたのでしょうか。これは「正を立て国を安んじる論」という事ですが、この事について日蓮は立正安国論の中で以下の様に述べています。 「倩ら微管を傾け聊か経文を披きたる…

立正安国論について①

ここから立正安国論について書いていきます。 立正安国論とは今では国宝となっているものですが、これは日蓮が時の幕府に対して諌暁をしたものと言われています。日蓮の一生とは立正安国論に始まり、立正安国論に終わると言われており、亡くなる際、池上邸で…