自燈明・法燈明のつづり

思いついたら書くブログです

師弟関係について

創価学会で活動を始めた時に、最初に教えられたのは「師弟」という事でした。

私が活動を本格的に始めたのは昭和も末期の頃でしたが、その当時はまだ創価学会は「日蓮正宗創価学会」と呼んでいて、先輩からも「創価学会新興宗教では無いんだ。富士の清流七百年と伝統のある日蓮正宗の信徒団体なんだ」と良く教えられたのです。

しかしそんな中でも「池田先生は師匠である」という事は、常に先輩幹部からは教えられてきたのですが、そうなると当時一つの疑問が浮かびました。

「池田先生を師匠と言うのは良いですが、日蓮正宗では御法主日顕猊下がいますよね。池田先生も猊下の下で信徒というなら、やはり信心上は猊下が師匠なのではありませんか?」

この様に先輩に言うと、先輩は答えました。

「信心の師匠は確かに日顕猊下になるかな。でも人生の師匠は池田先生なんだよ」

信心と人生?どちらも同じなのでは?

この先輩の言葉には様々な疑問も湧き上がってきたのですが、それを言っても恐らく先輩から納得できる答えは貰えないだろうと、そこで私は質問する事を止めたのです。

創価班として

そして活動家になった時に、間を置かず創価班にぶち込まれました。

ここで「ぶち込まれた」と表現をしたのは、本人の意思とは関係なく、先輩から強引ともいえる説得(簡単に言えば数時間、やる、やらないで揉めましたが)され、私は創価班という人材グループに入れられたからです。「志願した事の無い志願兵」なんて言葉で揶揄されましたが、当時の創価班はそんな事で入れられたりしました。

この創価班という人材グループでは、1年間の間「創価班大学校」という名称のグループで研修します。研修と言っても先輩について会合運営の手伝いをするほか、月1回の定例会の中で、簡単に言えば創価班の基本的な事を叩きこまれるわけです。

中でも「人間革命第10巻」は重要視されていて、ここでは池田先生の信念と崇高な人生が凝縮されているんだと先輩にも教えられ、1年間を通してこの小説で池田先生について、同期の創価班大学校のメンバーと学びあいました。

最近ではネットでも平気に「人間革命は小説だ」とか「創作部分もある」という事が言われ、「実際には代筆者がいる」という事も、あからさまに語られていますが、昭和末期の時代では、この人間革命という小説は、池田先生が命がけで執筆した学会の歴史であり、現代の御書でもあると教えられていたのです。

「自分の師匠である池田大作という人を、どこまでも求めるのが創価班だ」

だから人間革命の小説を心肝に染める事が大事だと言う事なのでしょう。

ある時、会合が終わった後、私一人が残され先輩に言われました。

「斎藤君、君は一体誰の弟子なんだ?」

当時の私は「池田先生の弟子だろうと思います」と答えたら、その先輩は烈火の如く怒り出し「池田先生の弟子ならば、池田先生に会って来い!!」と怒鳴られたのです。

この当時、近県の様々な会合に池田名誉会長が出席するという話を耳にしたので、私は現地に行って、まずは「生の池田大作を見て来よう」という無謀なたくらみを考えて実行、実際に会合終了後の一時でしたが、間近に池田名誉会長を見る事が出来ました。(まあ焦らなくてもその数か月後、会館運営の際に間近で見る機会があったんですけどね)

こんな感じで、創価班という人材グループの中で、徹底的に「師匠・池田大作」という事が刷り込まれていった訳です。そしてここで自分の中で作り上げられた「師弟関係」というのが、それからの創価学会の組織活動の中で、私にとっての大きな楔になったのは間違いありません。

◆師弟関係の再考

さて、そんな私も創価学会の組織活動から離れる事を自身で決めましたが、そうなると一番最初に引っかかるのは、この自分が師匠だと思った池田大作という人物とは一体如何なる人物なのかと言う事でした。

私も社会人になり、仕事の模範となった人は幾人かいました。

職場ではよく「師匠~♪」なんて言っては、その人の間近ついて行動を見て、仕事の進め方や考え方を見ながら「ITエンジニア」としての基礎的な事を教えてもらいました。偶には褒められ、多くは叱られ指摘され、そんな中でも手ほどきで様々な事を教えられました。

思うに「師弟関係」とは、この様な濃密な人間関係の中、師匠という人物と、弟子という人物がぶつかり合う中で、師匠と呼ばれる人の技術や物事への考え方を、弟子が伝承するものなのではないでしょうか。また大抵は師匠が弟子を指名するなんて事はなく、弟子が師匠を決めて、そういう人間関係を作り上げていくものだと、私は考えているのです。

私は創価学会の中で四半世紀の間、活動をしては来ましたが、「師匠・池田大作」という人物とそんな関係は当然の事、作り上げられませんでした。まあ不用意に近づいた際には、金城会あたりからしばき倒されるのが落ちでしょう。唯一関係を持つではないですが、手掛かりとなるのは、小説人間革命と本部幹部会同時中継の映像、またその後に掲載されるスピーチくらいなものです。

だからこの当時、まずは池田大作という人物の実像に迫りたいと、私なりに様々な画策をしていきました。

◆虚偽だらけの関係

2005年頃でしょうか、多少記憶が曖昧なのですが、この当時からブログは活発となり、ちょっとネットでググれば様々なブログにアクセス出来る様になりました。当時の私は活動を止めた事もあって時間もあったので、こういったネットを活用して色んな人とアクセスし始めました。まあ便利な時代になっていたという事なんでしょう。

詳細は割愛しますが、そこでとある人物と会う事が出来ました。

その人物は両親が「小説・人間革命」に描かれていた人で、現在は組織活動を止めていました。曰く「学会活動なんて下らない!」だそうです。

その人と会って話を聞くと、その人が子供のとある時、両親に伴われ軽井沢研修道場へ行ったそうです。そこにはパイプを咥えた人物がいて、両親が昭和30年代に学会活動をしていた時の事を、事細かにヒアリングをしていたそうです。そしてその内容が、後日、聖教新聞で「人間革命」として書かれていたとの事でした。そして軽井沢研修道場に居たパイプを咥えて居たのは篠原善太郎氏であった事を後に知ったと言うのです。

私が男子部後半で、広宣部の時にこういった代筆説を耳にした事はありましたが、こうした生き証人に会えた事には驚きました。

男子部時代には「人間革命は池田先生が、体調悪い時には口述筆記をして、命がけで執筆したものなんだ」と教えられましたが、実際には代筆者がしっかり居たわけですね。

またこの人間革命の中に描かれている夕張炭鉱事件や、大阪事件でも、現実には小説とは異なる内容がある事も知る事が出来ましたが、そちらは長くなるので別にまとめたいと思います。

ただ一つ、こういった行動の中で私が理解したのは、「師弟関係」という事で若い時代に刷り込まれてきた事の中には、まぎれもなく「作り上げられた虚像」というのが紛れ込んでいたという事実です。創価学会の中で重要視する「師弟関係」の根幹の一つには、この人間革命という小説が存在していたのですが、そこに「虚像」が紛れ込んでいたという事は、創価学会が教える「師弟関係」も虚像の上で出来上がった関係でしかないという事になります。

この事を知った時には、実際に大きな虚脱感を感じましたが、それが私を創価学会という呪縛から解き放つ事にもなっていったのです。