
今から二十年以上前から言われている「池田大作朝鮮人説」について、今回は書いてみます。
未だにX(旧ツィッター)の場所でも「成太作(ソン・テチャク)」という名前を使い、さも池田大作氏が朝鮮人である様なデマが広がっています。
私は思うのです。何故、こういったデマを創価学会として許容しているのだろうかと。穿った見方をすれば、創価学会の活動家は最近、SNSに触れる機会も多い中で、こういった事に触れたら明確に「デマ」だと判る事でしょう。そうなると会員に対して「ほら、ネットはデマばかりだろう」と組織でも言う事も出来るので、ある意味で都合が良いのかもしれません。
しかしデマはしっかりとデマだと認識する事が、実はネットの中で情報を集める上で極めて重要だと思います。その事から今回、この事について少し取り上げてみます。まあ個人的にはどうでも良いと思っているので、アンチの私からしたらサービス記事になるかもしれません。
◆見た目から近しい組織
創価学会が「北朝鮮宗教」であるという事は、外目から見た組織体質からして、多くの人は納得してしまうでしょう。何せ私が男子部に居た時、組織内で揶揄して「創価学会の文化祭なんかは、いかにも北朝鮮だよなww」と、半ば自虐的に語り合った事もありました。
それ以外にも、近年、創価学会で規定された「永遠の指導者」という言葉も、北朝鮮の金正恩氏が自分の父親である金正日氏を「永遠の総書記」なんて規定した事で、この両者はまったく体質的に酷似していると思われても致し方ないのかもしれません。
またそれだけではありません。創価学会では韓国との関係を表記する際に「韓日」と言う言葉を多用し、池田氏夫妻がチョゴリ服を身にまとい記念撮影をしているので、むしろ「誤解して欲しい」という行動に見られても致し方ありません。
しかし創価学会が韓国や中国を始めとしたアジア圏内での言動は、どちらかと言うとアジア圏内に組織を拡大したい、行動の自由を求めたいという創価学会の姿勢に基づくものと考えられます。
創価学会の草創期の人達の多くは、太平洋戦争の中で辛酸をなめた世代であり、その人たちが創価学会を作り上げてきました。最近でも言われている「自虐史観」ではありませんが、そういった歴史観を強く持ち、アジアの近隣諸国への配慮という視点も強くある事から「中日友好」「韓日友好」といった言葉も、すんなりと受け入れられてしまっているのでしょう。
◆週刊読売の記事から
池田大作氏は、昭和30年から創価学会の中で最高指導者として君臨してきました。この様に書くと創価学会の活動家あたりからは、袋叩きにあってしまう事は必定だと思いますが、あえて書かせてもらいます。創価学会の最高責任者として、また最終決裁権者として長年にわたり君臨してきたのは事実でしょう。
しかし一時期(要は第一次宗門問題の当時)は、その権力がはく奪され、喪失した時期もありましたが、全体から見ればそれはほんの一時期に過ぎません。
その様な立場にいれば、過去にマスコミから過去三代に渡り家系筋まで洗われてきているのです。しかしこの事を言うと、アンチ側からは「それは創価学会がマスコミを支配しているからで、デマ情報を掲載させたのだろう」という言葉も出てくると思います。
この池田大作氏の家系関連の記事が「週刊読売」に掲載されたのは昭和51年(1976年)であり、その当時の創価学会はまだマスコミにそれほど強固な影響力は持ち合わせていなかったという事は理解しておく必要があるでしょう。
「週間読売 1976年10月30日号P127)」
トップ閨閥と人脈 一家は代々ノリ漁業に従事、関東大震災で貧困のドン底
創価学会の池田大作会長の母親・池田一さんが先日亡くなった。その葬儀には財界の大物をはじめ、ざっと6千人が参列したという。
池田大作は昭和3年、東京・大森の零細なノリ漁業者・池田子之吉の5男に生まれた。
大作には7男2女の兄弟姉妹がいる。
池田家が代々ノリ漁業に従事するようになったのは、天保の時代からである。
祖父・五右衛門の代には、百人もの漁師を雇って漁をしたほど栄えていた。
大正の初めには東京周辺では初めてのノリ採取用機械船を使用した草分けでもあった。池田家の不幸は、関東大震災によって何もかも失ったことである。
漁場も、持ち舟も失われ、池田家は零細なノリ漁業者に転落してしまう。
以上が記事の抜粋部分です。
北糀谷小学校に保管されていた羽田第二尋常小学校時代の池田大作の通信簿の写しをジャーナリストの溝口敦が取材で見せて貰っているという話がありました。
著者本人によると、通信簿には名前が「池田太作」と書いてあったそうです。 池田大作が小学生だった時代は、創氏改名以前で公的書類での通名制度もなかったので、池田大作氏が在日であれば朝鮮名で書かれていないとおかしい話です。
ちなみに、日本に帰化すると官報に住所氏名生年月日が掲載されますが、官報検索を行っても池田大作氏と同じ生年月日の帰化許可者は存在していません。
また、池田大作氏の父は在日が日本に帰化できるようになった1952年以前に死んでいるので、帰化2世という事はありえないのです。
◆在日説の発生元
池田大作帰化二世説を一番最初に言い出したのは誰なのでしょうか。これは富士谷紹憲という、日本平和神軍という宗教団体に関わりのあり細木数子の兄弟子でもある人物でした。彼が発表した國民新聞のホームページの記事が発端となっているのです。
この國民新聞と言う新聞は、1942年に都新聞と合併して東京新聞となり現在は無くっているのですが、このホームページでは右翼政治団体の機関紙でなくなった國民新聞の社名と社歴を騙っているもので、かなり胡散臭い物だと言えるでしょう。
この富士谷紹憲という人物ですが、既に鬼籍に入っていてそのプロフィールについては存在していません。ただ「永田町の陰陽師」とも呼ばれていたりする、かなり怪しい人物のようですね。
【冨士谷紹憲氏プロフィール】
IOND University 教員の紹介
富士谷 紹憲
教授 国際政治学・東洋思想
IOND Univ./修士(東洋哲学)
(ちなみにこの大学の設立者は日本平和神軍教祖)
この様な人物が何ゆえ池田名誉会長在日朝鮮人説をぶち上げたのか、この大学の設立者が日本平和神軍の創設者であったという事から、日本国内の宗教関係が関連していると考えるのが妥当なのではないでしょうか。
以前に私自身、信濃町の中央に近い筋にこの「在日説」をぶつけたところ、「あれはデマだね」と簡単に言われた記憶があります。この当時は、自分自身も確証を持っていたわけでもないのですが、長年に渡り組織の中で活動してきた経験から納得した事を覚えています。
この池田名誉会長の在日説と共に、創価学会の幹部の多くが在日であり、また会員の多くも在日がいるというようなデマがセットで流布されています。しかし私自身、以前に仕事で朝鮮総連の中央にかなり近い人(中央の身内)と仕事をしていた事がありますが、この池田大作在日説については、その人自身も知りませんでした。ちなみに芸能界やスポーツ界、経営層の方が在日の人の割合は多いのかもしれません。
創価学会は大きな組織です。だから在日朝鮮人の方が会員になっている場合も否定はしません。しかしその在日朝鮮人が幹部に多いとか、そういった組織であるというのは、まったくのデマであるとここに断言しても良いと考えています。
問題はこういったデマを安易に流布してしまい、またそれを何の検証も自らせずに、垂れ流してしまうという、簡単に言えば「情報リテラシー」の低さの方が、私自身、問題なのではないかと感じたりするのです。