自燈明・法燈明のつづり

思いついたら書くブログです

池田大作の人となりについて

さて、私が活動から離れてから、実際に自分が「人生の師匠だ」と信じてきた池田大作という人物について、現在のところの所感、ではないのですが知っている事と知りえた事について、ここで少しまとめてみたいと思います。

本来ならば、もう活動を止めたという事で、こういった事も放置して考えない様にすれば良いのかもしれませんが、何分、人生の時間の中で四半世紀はこの組織に費やしてきてしまいましたので、まあ自分なりのケジメとしてもこの人物の実像を少しでも知りたい。そんな思いで情報を求めて行ったのです。

◆見えない実像

創価学会では「師弟不二」こそ信仰の根幹だと教えていますが、実際に創価学会の組織の中に居ても、その実際の人物像というのは容易に見えません。

よく地区とか支部という末端組織で「池田先生にお会いする事が出来た」と、活動家は誇らしく語る事がありますが、実際には単に会館の中で見たとか、会合の中で見たとか、あとは車で目の前を通過したという程度のものであり、その人間像を知りうる場面で会ったとか、そういう事はまずありません。

また池田氏は既に鬼籍に入ってしまいましたが、それは公式には2023年11月15日と言われています。池田氏が最後に会合で姿を見せたのは2010年5月頃までなので、実際に亡くなるまでの13年間、創価学会の中でも公式の場に姿を現した事はありませんでした。

その間、たまに聖教新聞に写真で姿が掲載された時もありましたが、サングラスをかけ佇む姿とかを見ても、言葉は悪いのですが、蝋人形ではないかと思うくらいに生気の無い姿だと私は感じていました。

こんな状況の中でしたが、私がネットで知り合った人から漏れ伝わった話で、創価学園の卒業式に池田氏は音声だけ同時中継で祝辞を述べたと聞きました。しかしその内容は呂律がうまく回らないせいか、長男の博正氏(主任副会長)が通訳の様に間に入っていたそうで、この状況について参加者には箝口令の様なものが指示されていたと言います。

この様な見えない実像の中で思ったのは「師弟不二とは一体何なのか?」という事です。

師匠と言われる人の状態も生死も明らかにされず、弟子という人たちも、その事に何ら疑念すら抱かないというのは、人間関係としておかしい話だと思いませんか?

とは言え、今の私には関係ない事なのですが、現場の活動家たちはどの様に感じているのでしょうか。

◆私が知った実像について

私が活動家時代、この池田氏を間近に見たのは三回ありました。

一回目は前の記事にも書きましたが先輩に叱られ、とある会館まで出向いて見に行った時です。二回目は創価班で現役になった時、とある会館で立哨の様な任務でロビーに居た時、1F事務所脇から池田氏が出てきて目の前に居た小学生の女の子としばし懇談していました。この時には「着任している創価班に」という事で、この時一緒に着いていたメンバー全員にお小遣いが貰えました。三回目は創価大学で外国要人を招いた会合があり、その時に私は創価班の「特別警備」という事で、創価大学周辺にいたのですが、私のいる目の前を池田氏の乗る車が通り、窓から手を振っていた姿でした。

とは言え、いずれも「見かけた」という事で、池田氏の姿を見たに過ぎません。

活動を止めた後、ある人をを通して私は友岡雅弥氏に会う機会がありました。

友岡雅弥氏の事を、今の創価学会の活動家はほぼ知らないでしょう。もし知っていたとしても、それは退転者であり、創価学会を裏切った人物としてでしょう。しかし一時期は池田氏の側近とも言われていた人物です。

友岡雅弥氏は創価学会の職員、聖教新聞社の記者でしたが、2016年秋から翌年春にかけて、創価学会本部、及び関西本部でいわゆる「査問」を計7回受け、重篤PTSDを発症し、嚥下障害及び発語困難、呼吸不全の後遺症が深刻な状態となり、2018年夏には嚥下障害に伴う誤嚥性肺炎により意識不明の重体となり約1か月間入院したそうです。その後全身衰弱が激しくなり、4月2日に呼吸不全で旅先で亡くなりました(参照元change.org「友岡雅弥さんを死に追いやった人達への適正な刑事訴追を求めます。」

私が友岡雅弥氏に会ったのは2006年の頃で、場所は関西の居酒屋でのとあるオフ会の席でした。

初対面の印象はとても飄々とした感じの人でしたが、話を聞いていると仏教に対して造詣が深く圧倒されてしまいました。

私は友岡氏に「池田先生とは、どんな人物ですか?」と聞くと、彼は「中身が空っぽで、傍に着く人で言う事もコロコロ変わるんだ」との事でした。「でも人を惹きつける能力は凄くて、ゴルバチョフ氏もそれでやられたんだろう」とも語っていました。

この時、ゴルバチョフ氏との会見の裏話を聞きましたが、何でも第一庶務が事前に調査資料を作成していて、池田氏は会見前にその資料にパッと目を通し御終い。でも会見ではその資料にあった内容を、まるで自分の言葉の様に語ってしまったというのです。

「あれは本当にすごい事だったよ」と友岡氏は語っていました。

この時、友岡氏から「御家族はいるの?」と聞かれ、妻と子供がいる事を伝えると、「これからの創価学会は良くないものになるから、出来るだけ離しておいた方が良い」と言われました。この言葉は近年の創価学会の実態を見ていると、的確であった事を実感しています。

またこれは別の人の話。これはとある全国幹部の御家族の方で、こちらは東京であったとあるオフ会でお会いしました。この方のご家族である幹部は、名前を言えば学会活動家であれば誰でも知っている人で今は故人となっています。

この人に私は「池田先生は、どんな人ですか?」と質問すると、一気に表情を曇らせ「その質問には答えられない」と言われました、理由を尋ねると「あなたはあの人の怖さを知らないんだ」で終わりました。要は下手に情報を漏らした場合、その出所として突き止められると大変な事になるので、かなり警戒している様子でした。

その他にも、元東西哲学書院に勤務していた人や、創価大学卒業生で父親は某地方議会の議員をしていて、大学同期に学会本部職員が多数いる人などから様々な事を聞くことが出来ました。総じて言えば、やはり人間革命にある山本伸一像とは違う人物像であり、私が男子部時代に描いていた人物とも違うという事を私は理解したのです。

その他、関西在住の人からも池田氏の顕彰関係の実態で生々しい話や、某地方都市で創価関連の問題に取り組んでいる人からも、この池田氏の顕彰関係と公明党議員の関わりについて実名を聞きながら具体的な話も聞きましたが、その事はここには書きません。

池田大作という人物。確かに創価学会という、この巨大な宗教団体を牽引して来た人物であり、やはりそれなりの人物だとは思いましたが、それは私が組織の中での語らいの中で聞いた人物とは違ったものだというのが、私にとっての結論でした。