
さて、怪談師の中山市朗氏の「山の牧場」の話を続けます。
事務所らしき建物の1階部分に置いてある巨石、これはどの様に持ち込まれたのか。スカイラインの車幅程のあれた山道であれば、あんな石を運び込む事はかなり困難であったと思われます。またこんな山の中にこんな牧場があったとして、これが経営難で潰れたというにも、そもそも何か合点がいきません。
中山氏が地元の仲間に聞いても、その牧場の存在すら知る人がいません。牧場を建設するにも重機を入れる道も当時はありません。生活感も無い建物で、果たして人が居住していたのか、考えれば考えるほど謎が深まるばかりでした。
「あれはUFO基地ではないのか?」
友人の一人がその様に言いましたが、それしか考えられない様な状況だったのです。
翌日、中山氏は地元役場に出入りしている友人に「あの山の上に牧場が登記されているか調べてもらえるか」とお願いしました、その時、その友人からは「いや、牧場の登記は無いよ」と言われ「あそこな、良くUFOが出るらしいで」と聞きました。何でも夜に山道を車で走っていると、後ろから強い光が追いかけてくるので、先に行かせようとすると、その光は山の上に飛んで行ったという話があったそうです。
この事から一年後、地元の別の友人に「山の牧場」の事を聞くと、その友人も山の牧場の事は知りませんでしたが、その友人からは「あの山は空洞みたいだぞ」という話を聞きました。何でもその山の上で「相撲の四股」を踏むと音が響いたというのです。
ここで少し時間を戻します。
中山氏は大阪に戻り、この8月に撮影したフィルムを現像し、編集をしていたところK君という友人から連絡が入りました。その時、話を聞いたところ「山の牧場に行ってきました!」と言っていたそうです。
何でもK君と一緒に行った友人が現場で写真も撮ったという事でした。それを聞いた中山氏は「写真はまずいやろ」と言いました。K君の話ではこの時「山の牧場」には黒塗りの車が2台止まっていたとの事で、写真は現像して後に友人から送らせますと言っていました。
しかしその後、待てど暮らせど写真が送られてくる事はなく、二か月ほど経ったときにK 君に確認しようと連絡を取りました。しかしその現場で写真を撮影した友人は行方不明になっていた事が判り、しかも二か月前から家族全員も失踪していたそうです。
何とも不可解で不気味な出来事でした。
それから五年後の1988年に「山の牧場」に一緒に行った友人の一人が、その牧場の近くの分校に教師として赴任して来ました。中山氏はその事を聞いて、その友人に会いに行き話方々「あの牧場はなんだったのだろね?」と言うと、その友人から「あの牧場は経営されている」という話を聞きました。何でも本校の生徒と分校の生徒で、あの牧場にある原っぱでキャンプをしようという事になり、その友人はその牧場と話をすすめているとの事でした。
「え?いつから経営しているの?」
中山氏が聞くと、四年前から経営しているらしい、との事でした。
「実は明日、牧場の人と打ち合わせするから同行するか?」
そう聞かれたので、たまたま翌日に朝日新聞の記者と連絡が取れた事もあり、その記者も同行して訪問する事にしました。
翌日、車で山の牧場に向かうと道は整備されていました。牧場に到着し、事務所に行くと巨石は相変わらずありながら、三人の叔父さんが牧場に居たそうです。
しかし牧場という割には牛もおらず、「牛がいませんよね?」と聞くと「牛舎にいる」と言われました。しかし肝心の牛舎はトタンで囲まれて中を見る事が出来ません。牧場の人に「何時から経営しているのですか」と質問すると「四年前からや」との事でしたので「誰がこの牧場を経営しているのですか」と質問すると「七年程前に、神戸の金持ちの医者が道楽で始めたのだけど、二~三年して経営不振で止めた。」との事でした
しかし五年前に中山氏はこの牧場を訪問していた事から「そりゃ嘘だろう」と思いました。さらにこの牧場に勤めている叔父さんの話を聞くと、方言などから地元の人間ではなく、どこか地方から来た事が推測出来ました。中山氏がそのあと牧場経営について突っ込んでいくと「今から役場に電話するから、確認するか?」と言われましたが、そこは丁重にお断りをしました。
また同行した朝日新聞の記者が「ここはUFOが出るらしいですね~」と話を振ると、牧場の叔父さんは「UFOはおらんけどな」と前置きしつつ、ある山を指して「でもな、あの山あるやろ。あの山の天辺に三日に一回、オレンジ色の光るものが出るねん」と言いました。「それはUFOやろ?」と突っ込んだそうですが、話ははぐらかされました。
その後「周辺を見ていくか?」と言われたので、牧場のジープで周辺を散策したのですが、そこで走ったのは、以前にも走り、今回も登って来た道しか無かったようでした。そこから考えると、どの様に建築時に重機など機械を入れたのか、肝心な事は相変わらず謎でした。
その後、タレントの北野誠氏と仕事をした時、この「山の牧場」の話をしたそうですが、そこで北野誠氏は他のルートから既にこの牧場の話を聞いており、独自に見に行った事が判りました。「何や、この話は中山さんの話かいな」とこの時言われたそうです。