
昨日の記事では、創価学会の行う折伏について思う処を書かせてもらいました。
端的に言えば折伏とは正しい法を以って、相手の間違いを指摘し、組み伏せる行いの事を指しています。でも果たして、創価学会は「正しい教え」を教義として持っていたのか。私はそこがそもそも違うと考えているので、折伏という言葉を使っていたとしても、実際にそれは正しく行われていないと考えているのです。
間違えている法を以って、他者の間違いを指摘しても、それを折伏とは言いません。

「創価学会は宗教界の王者である」
これは創価学会第二代会長の戸田城聖が、大講堂落慶法要(3.16記念式典)の中で獅子吼した言葉だと言われています。
私自身、平成三年に第二次宗門問題が勃発した頃に、男子部の人材グループの創価班の中にある広宣部で活動し、そこでは法華講や顕正会を相手に、幾度となく対論を行ってきましたが、そこでは創価学会の教学の一貫性を信じ、常に日蓮正宗大石寺版の御書を片手に、その論理の一貫性という事を信じて取り組んできました。
今思い返してみると、その当時の創価学会は、教学的にはまだ完全に破綻はしていませんでした。
考えてみれば、当時、対論で教学的な事をぶつけ合っていたのは、法華講や妙観講、顕正会といった同じ日蓮正宗という一宗派の教学の中の話であり、またそれに紐づく歴史的な発言などでした。そしてその基礎となっていたのは、大石寺第二十六世貫首の堅樹院日寛師の教学に基づくものであり、だからこそ主に六巻抄などを読み込み、そこから御書を振り返りながら教学研鑽にも取り組んでいました。
しかしそんな私も創価学会の活動から離れ、客観的に創価学会の教義や歴史、また大石寺の歴史や教学の変遷などを調べなおすと、そもそもこの大石寺の教学や歴史等もかなり改ざんや誤謬などが入り込んでいた事を知り、一気に興ざめをしてしまいました。
「どこが宗教界の王者なんだ?」
SNS等でよく一旦は活動から離れた人が、再度、創価学会の活動に戻り、その素晴らしさを語っていたりもしますが、私はそんな浅いレベルで活動を止めたという訳ではなく、この教学的な事や歴史的な事から、根本的に創価学会に見切りをつけているのです。
要は「正法」とか言っていても、中身は何も正しい根拠なんて無いではないかと。
そんな私が2014年11月18日、聖教新聞の3面に原田会長の談話として「創価学会会則 教義条項の改正」の内容を読んだ時、その教学に対する認識の甘さと理解の浅薄さを知り、もうあきれ果てたという以前に、残念な気持ちで一杯になりました。
我が家は未だ嫁が活動家なので、聖教新聞を取っていますから読んでしまいましたよ。
こんな事では、過去に創価学会が第二次宗門問題当時に、日蓮正宗や顕正会に対して主張してきた事に、まさに泥を塗りこむ事にもなりますし、その節操の無さと理解の浅さから、法華講や妙観講、顕正会から逆に餌食になってしまうのではないかとさえ思ったのです。
この原田会長の談話が発表された後、聞くところではある地方の壮年部の会合では大荒れとなり、結果、この教義改正については触れない事にしたという話や、予想通り法華講や顕正会から逆に責め込まれたという話を聞いたりもしました。
しかし創価学会は凄いですね。
既に2014年あたりでは、前の記事でも話をしたように、「教義」よりも「師弟」を重んじ、教学よりも功徳体験偏重の体質に変わっていた事から、思ったほどこの教義改正によって組織内で動揺が広がる事はなかった様です。
とは言え、教義改正後の教学試験などでは、私のところに活動をしている知人が教学を教える中で「どうしても納得できない箇所がある」と連絡が入り、私はこの2014年の教義改正の内容に基づいて、教学試験の教材の不明点について説明しました。すると知人は重い声で「いった、どうなってしまったんだ?」と語っていましたが、その知人にしても創価学会という組織に対する疑念を持つまでには至らなかった様です。

しかし最近になって、この教義改正に関して創価学会が「教学要綱」を発表した事で、少し疑念が再燃している節も見えたりします。
ただこの議論が再燃している様子を見て私が思った事は、教義改正が発表されてから10年以上も経過して、何を今さら騒ぐのだろうか、という事なのです。
如何なる宗教にとっても、教義とは人間で言えば背骨の様なものでしょう。
その背骨が変化して10年も経過してから気付いて騒ぐという事は、それだけ教義に対する認識の低さを物語っていると思うのです。
しかしそんな事を感じながらも、ここで再度、この創価学会が行った2014年の教義改正の内容について振り返ってみる事も、無駄な事ではないと思いますので、ここで少しこの内容について記事を書いていきたいと思っています。
お時間のある方は、お付き合い頂けたら幸いです。