
今回は「ヒル夫妻」のアブダクション(誘拐)事件について紹介します。
一般的にアブダクションとは誘拐を指す言葉ですが、このヒル夫妻のアブダクション事件とは「宇宙人による誘拐」の事を言います。この様に話すと実に突飛な話にも聞こえてしまいますし、「そんなバカな話が実際にあるか」と多くの人は思われると思います。特に日本国内では、例えば年末に「ビートたけしの世界超常現象」といったバラエティ番組に取り上げられ、そこでは真面目に取り扱う事はせず、バラエティ内容として半ば嘲笑の対象として取り上げられる程度でしかありません。
このアブダクション事件は、世界的に見ても一番報告件数が多いのはアメリカなのですが、そのアメリカの国内でさえ、この手の話題は質の悪いジョーク程度の認識でしかありません。しかしその一方で被害者の数は1960年以降から増加しており、1980年代には画家であるバド・ホプキンス氏やジョン・マック博士による研究が進み、現在においても分析が進んでいます。また世界的にも多くの国で報告事例があり、日本国内でもこの報告は上がっています。
ただ難しいのは、誘拐された人であっても、多くはその時の記憶を消されていて本人すら誘拐の事実を気づいていないというケースが大半であり、事件として気付くのは、UFOや異星人を目撃した後、実は数時間の記憶が無くなっていたり、あとは悪夢に悩まされる事をきっかけとして、退行催眠による療法の中で発覚するケースが大半であり、中には意味不明な傷が体にあった等からも発覚するケースもあります。
しかし多くは本人にも誘拐されたという自覚が無いので、実態としてどれだけの被害者がいるのか不明と言われており、一説にはアメリカ国内では潜在的な被害者の数は数百万に上るのではないかとも言われています。
この様なアブダクション事件ですが、多く発生しているアメリカで、一番最初に人々の目に留まった事件が、この「ヒル夫妻の誘拐事件」だったのです。
◆事件の概要
この事件は1961年9月19日の深夜に起きました。この事件に遭遇したのは夫のバーニーヒルと妻のベティ・ヒルで、夫妻はこの日、休暇旅行の帰り道、ナイアガラ瀑布からモントリオールを回り、21時半頃にはアメリカとカナダの国境を越えて、ヴァーモンド州のノースイースト・キングダムの周辺を車で移動している処でした。
夫のバーニーはエチオピアからの黒人奴隷の末裔で、NAACP(全米有色人種向上協会)のポーツマス支部で前政治活動委員長をしていて、当時は法律改正委員会議長をしていた人物でした。また合衆国公民権委員会の州諮問委員と、ロッキンガム郡貧民救済計画理事を務めていました。妻のベティ・ヒルは、祖先が1637年にメイン州ヨークに三か所の牧場を経営していた白人女性で、ニューハンプシャー州の民生委員を務めていました。それ以外にもNAACPのアシスタント秘書と社会調整委員、ユニテリアン万民救済派教会の国連公使も務めていました。黒人の夫と白人の妻という、異人種間の夫妻は、何かと人々の目を引く存在だったそうです。
夫妻はコール・ブルックという田舎町で食事をした後、22時半に出発し、ポーツマスに向けて車を走らせていました。走っていたのは山間を抜ける国道3号線でしたが、周囲は田舎なので街灯や人家の明かりも無く、そらには煌々と月が光っていたと言います。すると月の左手、やや下側に、ひときわ明るい星が目についたそうです。その光は瞬く事も無かったので妻のベティは恐らく惑星だろうと思いました。
正確な時間は判らないそうですが、ランカスターの南方に差し掛かった頃、いつの間にかその星の上方に、別のもっと大きな星か惑星が出ているのにベティは気付いたそうです。そして奇怪な事にこの光は、どんどん大きく明るくなってくる様に見えました。夫のバーニーは運転に集中していたので、この時、ベティは話しかけなかったそうです。しかしこの奇妙な光体は消えることなく見えていたのでベティはバーニーを肘で突っついたといいます。この時の事について、彼は後に以下の様に語っています。
「最初外を見た時は、とりたてて異常には見えなかった。運よく人工衛星でも見ているんだろうと思った。でも、そいつはどう見ても軌道を踏み外して、地面のカーブなりに飛んでいるようだったね。えらく遠方にあった。つまり動いている星って感じだった」
夫妻は走りながらも、その物体をちらちらと見やりましたが、果たして物体が動いているのか、それとも車が動いているので、それも動いているのか判らなかったそうです。そこでベティは一緒に連れている犬を連れて、車を止めて外で確認しましょうとバーニーに言いました。夫はもともとが大の飛行機ファンでしたので、それも良いだろうと、見晴らしのいい場所の路肩に車を止めました。
ベティは犬を連れて車の外にでて、双眼鏡で光る物体を見たそうです。するとこの物体は確かに動いている事を確認出来ました。バーニーもその物体は確かに動いていると思いましたが、それは人工衛星に違いないと確信したそうです。その後、車を走らせてホィットフィールドやツイン・マウンテンを通過する間も見え続けており、その動きは実に不規則な動きをしていたと言います。夫妻は途中で何度も車を止めてみましたが、バーニーは今や狐につままれた気持ちになっていました。キャノン山の数マイル北で一度停車した時、ベティはバーニーに言ったそうです。
「バーニー、あれが人工衛星や星だっていうの。あなたったら本当にどうかしているわ」
この時、バーニーは「この光る物体は人工衛星や星ではなく、旅客機だ。きっとカナダ行きなんだろう」と答えました。
その後、バーニーは車を走らせましたが、ベティはこの光る物体を見守っていました。するとその光は次第に大きく明るくなってきました。23時頃、夫妻は周囲を見晴らせる休憩所に近づくと、もう一度、この奇妙な光る物体を眺めてみました。すると驚いた事にその物体は、急に方向転換を行い、まっすぐ夫妻の方に向かってきたのです。これを見たバーニーは急ブレーキをかけると、休憩場所へ車を乗り入れました。
この時、夫妻は犬を連れて車外に出ました。バーニーは双眼鏡でこの物体を観察すると、いまや形がはっきり見えていました。それは飛行機の胴体の様に見えますが、翼は見当たりません。さらに胴体に沿ってずらりとライトが並び、かわるがわる瞬いている様に見えたそうです。ベティはバーニーから双眼鏡を取り返した時、その物体は月の前を通過しましたが、そのシルエットは葉巻型に見え、異なる色の細い光の束が瞬きながら、グルグル回転している様に見えました。
傍らで一緒にいた飼い犬は鼻を鳴らし、身をすくませていたので、ベティは双眼鏡をバーニーに渡し、犬を連れて車内に戻りましたが、バーニーは双眼鏡で光る物体を確認していました。この時、バーニーは飛行機等のプロペラ音やジェットエンジンの音が聞こえないかと耳を澄ませましたが、それらの音は一切ありません。バーニーはこの時になって初めて自分達はこの光る物体に観察されていると感じ、物体も実際に更に接近してきて周囲を旋回しようとしていました。
バーニーは車に戻ると、走行速度に注意しながら車を走らせましたが、その先でその光る物体が、少し離れた路上の真ん前に回り込んできており、ベティが双眼鏡で確認すると二重に並んだ窓が見え、巨大なサイズの飛行物体である事がわかりギョッとしました。ベティがバーニーに見えた物体の事を話すと、バーニーもパニックになっていた様で、道路の真ん中に車を停車させました。
(続く)
【参考文献】
宇宙誘拐 ヒル夫妻の”中断された旅” ジョン・G・フラー(南山宏 訳)