
昨日からの続きです。
バーニーは止めた車から外に出ると、光る物体は既にすぐそばまで来ていました。木の高さの倍ほどの高さに物体は音もなく浮かんでいたのです。全体の形はちょっと傾き加減になったパンケーキの様でした。バーニーはこの物体が音もなく、空気力学を無視して完全に浮いている事に恐怖を感じました。
この時バーニーは恐怖にかられながらも、体はひとりでに車の運転席側の路上から、物体に向けて歩み始めましたが、理由は説明出来なかったそうです。すると物体は彼の方にぐらりと傾き、先端に赤灯がつき両端のひれ部分が更に長く張り出してきました。
ベティは最初、バーニーが歩いていくのに気付かなかったそうですが、突然、バーニーが野原の暗闇に姿を消した事で気が付き、必死にバーニーの名前を呼びました。
この時、バーニーは双眼鏡で物体を見ていたそうですが、そこには窓があって、少なくとも六人ぐらいの人影が見えました。彼らはこちらへ傾いた円盤の中で、窓ガラスに体を押し付けている様に見えました。全員がバーニーをじっと見つめており、いずれも制服姿でした。この時、後ろでは車からベティが絶叫していたそうですが、バーニーにはその記憶は無かったそうです。
バーニーは双眼鏡で人影たちは自分たちを捉えるつもりであると、何故か確信すると、絶叫しながらベティと車のところに駆け戻りました。そして双眼鏡を車の中に放り込むと急いで車に乗り込み、ファーストギアに入れて発進させました。この時、硬い路面を走って来る足音が聞こえたそうです。バーニーは「やつらが捕まえに来る」と絶叫し、窓の外をのぞいてみろとベティに命じました。ベティは窓をあけて外を覗いてみましたが、先ほどまでの光る物体はどこにもありません。あの奇妙な物体は消えていました。
その時突然、電子音的な響きをもつ不思議な律動音が聞こえ、車内がその音で振動する様に思えました。
ピーッ・ピーッ・ピーッ・ピーッ
どうやらその音は車のトランク方向から聞こえてきました。
「何だ、あの音は?」
「わからないわ」
この時、二人は、うずく様な眠気が襲ってくるように感じ、次の瞬間、一種のもやのようなものに包み込まれてしまいました。
しばらくすると、例の電子音がふたたび聞こえてきました。夫妻にわかったのは、二度、この電子音が聞こえたという事で、その間の時間などは見当もつかなかったそうです。
そして二度目の電子音が大きくなるにつれて、夫妻の意識もゆっくりと戻ってきました。すると依然として車内にいて、車は走っており、バーニーはハンドルを握っていました。二人は気抜けした感じで黙りこくっていました。しかし場所はどこなのだろうかと、道路標識などを見てみると、アシュランド近郊らしいという事が判り、そこは最初の電子音が聞こえた場所から35マイル離れた場所でした。意識がはっきりすると、真っ先にベティがバーニーに話しかけました。
「さあ、いまなら空飛ぶ円盤は信じるでしょう?」
「ばかいうな、信じるものか」
この言葉が彼の回想に後に書かれていたのです。
夫妻の持っていた腕時計は両方ともに止まっており、その後自宅に帰り柱時計を確認すると、午前5時となっていました。バーニーはこの時、呟きました。
「予定よりもちょっと家に着くのが遅かったようだね」
夫妻はその後、軽い朝食を済ますと、すぐさまベッドに倒れ込んで泥の様に眠りました。事件の事は一刻も早く忘れ、いつか誰かに笑い話で話せる、面白い体験にしたかったそうですが、この事件がその後の夫妻の人生に、深い影響を及ぼす事になるのです。
◆その後の事
ベティは目が覚めると、あの奇妙な体験がどっと思い出されて、その他の事が考えられなくなってしまいました。その日の午後にやった事は、理由はわかりませんが前日に着ていたドレスと靴は納戸の奥に詰め込んだ事でした。
一方のバーニーも、起きだすとまず前日着ていた洋服を見に行き、新調したての靴の先がひどく傷んでいるのを確認、またズボンのすその折り返しと靴下には、草のイガがいっぱいくっついているのに面喰いました。
その後、夫妻はこの経験について話し合い、誰にも話さない様にしょうと決めましたが、ベティは妹にはこの体験を話ししておきたいと思いました。彼女の妹は数年前にUFOの目撃体験があり、妹であれば話は聞いてくれると思ったのです。
ベティが妹のジャネットにこの体験の事を話すと、妹のジャネットのお隣の御主人は物理学者だと言い、その御主人に相談しました。すると御主人が言うのは、もし本当にUFOが車に接近したのであれば、方位磁石を車の表面に近づければ、磁石の針の振れが大きくなり、それは放射能の証拠になるかもしれないという事でした。
それを聞いてベティは家の中で方位磁石を探しましたが、この件を一刻も早く忘れたいというバーニーと多少の小競り合いになりました。
その後、方位磁石を見つけ、恐る恐る車に近づけると、ボディ周辺で方位磁石はピクリとも動きません。「そういえばトランクの方で音がした」事を思い出し、ベティは車のトランクを見てみると、そこには1セント硬貨ほどの丸い円班が幾つかあるのを見つけました。そしてその円班に方位磁石を近づけると、方位磁石の針は狂った様に動き出したのです。
その後、ベティの妹のジャネットからの助言もあって、ピース空軍基地へ相談を持ち掛け、そこから空軍が調査に入り、この事件については、空軍の調査プロジェクト「プロジェクト・ブルーブック」に記録をされる事になったのです。
またこの事件から十日後の事、ベティは夜な夜な悪夢を見始める様になりました。しかし五日後には悪夢はピタリと止んだのです。この悪夢のあった五日間の間、バーニーは夜勤だったのでベティが悪夢に襲われていたのは知りません。そこでベティはバーニーに悪夢の事を打ち明けましたが、彼はさほど気にも留めない様子でしたので、夫妻の間でこの会話は、そこで立ち消えとなりました。
しかしそれから数週間後、夫妻は別の出来事に遭遇します。それはポーツマスに近い、人口のまばらなとある道路の上で、1台の車が事故を起こして止まっていて、バーニーはその脇をスピードを落として抜けようとしたとき、いきなりベティがパニック状態に陥ってしまったのです。これはベティ本人にも理由が解らない事でしたが、とにかくパニック状態となり助手席のドアを開けかかっていました。
この様な事もあって、ヒル夫妻は1963年12月14日に、とある精神科医からの紹介で、ベンジャミン・サイモン博士の元を訪れる事になりました。それまで夫妻は別の精神科医のところで治療を受けたのですが、症状の改善は無かった様です。
サイモン博士は夫妻の隠し部屋(記憶欠損部分)のドアをこじ開け、その治療法として催眠術を施す事を夫妻に説明しました。夫妻はそれに同意し治療を始めたのですが、そこから実に奇妙な体験が、ヒル夫妻から語られ始めたのです。
【参考文献】
宇宙誘拐 ヒル夫妻の”中断された旅” ジョン・G・フラー(南山宏 訳)