
昨日行われた東京都議会議員選挙。蓋を開けたら新宿区の現職、古城将夫氏。大田区では勝亦聡氏と玉川英俊氏の3名が落選し、もともと目黒区では擁立を見送りにしていたので、結果として4議席を失いました。
この事を見て、Xでも多少呟きましたが、このブログでも少し書いておきます。
◆公明党の見解
東京都議選で議席を失ったのは、約36年ぶりといいます。36年というと私は20代前半の頃ですが、その当時の議席失陥と今回では持っている意味合いが異なります。
この事について、本日午前中に報道されたのは以下の内容です。
ここで斎藤代表は以下の2点について話をしたそうです。
・党として政策を訴え、支持を得ていく運動量が足りなかった。
・党の努力不足が第一の要因だ
まずはじめに「党として支持を得ていく運動量が足りなかった」と言っていますが、今回の都議選で目についたのは、公明党全体としてSNS(Xを例に挙げますが)の露出度は過去に見ない程、地方議員から国会議員まであがっていました。
しかしその内容は「〇〇議員をお願いします」と言う発言とか、なんか地方議員の中には日常生活で奥方とピアノを演奏している動画を載せていたりしていましたね。
また前回、兵庫県で落選した衆議院議員で厚生労働副大臣だった伊佐進一氏は、Youtubeで露出度が多くありました。

これ、運動量が足りなかったのでしょうか?
思うに「党としての支持を得ていく運動量」と考えた場合、焦点が合っていたかは別にして、以前の東京都議選と比較しても見た目の運動量は上がっていると思いますよ。以前には議員本人からこれほど活発なSNSへの露出なんてやってませんし、恐らく今回の都議選に向けては、Xの記事に議員本人もそうですが、周辺への稼働も相当かかっていたと思います。
ただそれが「支持」に直接結びついていない、いわゆる「無駄な労力」であったのではありませんか?
例えば「X(旧Twitter)」では、アカウントの書き込んだ記事内容やリツイートや返信をした記事、またその記事を発信したアカウントの情報履歴をもとに、お勧め等でその話題に関心ありそうなアカウントに情報を拡散する傾向があります。
だから日常的にアンチ(反対)やバリ(賛同)の発言をしているアカウントに対して、お勧めとして公明党議員の発信する情報は拡散されますが、いわゆる「サイレントマジョリティ(ここでは創価学会や公明党の話題に無関心な層)」に対しては、あまり届かなかったのではないでしょうか。
何故、私がこう思ったかと言えば、私自身はXのアカウントを2つ持っています。一つは「斎藤単己」というアカウントと、もう一つは趣味のアカウントです。
今回の都議選に向けて、斎藤単己のアカウントには、公明党議員関係のツイートは日々嫌がらせの様にバンバン流れてきましたが、もう一つのアカウントには公明党議員のアカウントの発信情報なんて一切流れてきていません。
あともう一つ。X等のSNSでは短文的な「アイキャッチ」の情報の拡散には適していますが、政策など入り組んだ情報発信には不向きなメディアです。傾向的にアンチの発信する情報は短文的に過去の事例や自身の経験を端的に発信されていたりしますが、公明党議員の発信内容は、それに対して説明的過ぎています。
どうも公明党議員の情報発信の内容は、このメディアの特性の事をあまり理解せず、結果、上手く使えていなかったのでないかと感じました。
あともう一つの「党として努力不足」の要因について。
公明党とは形態として政党の形を持っていますが、実態的には創価学会そのものです。実際に選挙の時、選挙関連の運営に携わる党員は、ほぼ創価学会の地区幹部以上の幹部が担っています。そして斎藤代表の感じた「党の努力不足」とは、まぎれもなくこの創価学会の勢力がダダ下がりしている事への実感でしょう。
二十年以上前であれば、まだ青年部世代も多くいて、それこそ選挙運動になれば創価学会青年部が必死に駆けずり回り動く事も出来たでしょう。また青年ですから友人への依頼も比較的に軽いノリで進める事も出来ました。
しかし現在の創価学会という組織は当時の青年部が高齢者となった組織です。また青年層を上手く取り込む事も出来ず、育成継承に失敗したせいか、青年層は極めて少数になっています。
そのため政党の現場活動の主体となっているのは五十代以降のシニア世代です。シニア世代では、支援約束してくれている人がいるなら、それは高確率で固められますが、新規に拡大する事はほぼできません。また新規に開く可能性のある青年層には人材がいません。
年代には年代相応に出来る努力はありますが、その点について党としては分析すらしておらず、恐らく創価学会執行部から指示された事のみ、公明党として飲み込んだ結果として、今回の都議選はその実態を如実に晒してしまったのでしょう。
◆現場の問題
また実際に集票活動するのは、地区以下の末端組織です。末端組織は先ほども言いましたが主力はシニア世代です。しかも選挙を信仰活動の一環として捉えています。幹部になればなるほど、集票活動は出来なくなりますし、やろうともしなくなります。単に号令をかけて数字を吸い上げ、それを見て現場を叩くだけ。
また末端組織は選挙で敗因があったとしても、その分析を自発能動的に、その事を分析する事は出来ません。何時も上からの指示待ちという状況です。何故なら選挙を信仰と位置づけしているのは、創価学会の本部であり、末端組織の会員活動家に取っては信仰活動なので、その本筋について思考する事なんて出来ません。あくまでも上の組織からの打ち出しに従うだけで、その上の出した打ち出しに意見を出す事は、信仰活動の根本を否定する感覚に陥っています。
要は「言われた事を真面目にこなせば功徳(御利益)が得られる」と考えており、負けた場合でも「私達は選挙屋で無いし、学会本部の言われた通り一生懸命頑張ったから、信心としては間違えていない」という思考に陥っています。目的は信仰に対する御利益ですからね。
その陥った状況の会員に対して、一体どの様に指導したら集票活動に弾みが付くのか、その表面的な活動を、過去の事例をもとに指導し続けていれば、それはマンネリ化するというもので、そこに選挙本来の目的すら理解しない高齢化した「烏合の衆」しか居ないので、新たな展開など望むべくも無いでしょう。
だから今回の都議選惨敗を受けても、活動家の中では以下の事だと勝手に解釈してSNSに掲載する者まで現れています。
・地盤固めが大事
・新しい友人作り
・SNS
・そしてスピード感
もうとにかく課題はこの4つやねん!!祈りだけじゃあかん。
こんなピントのおっぱずれた事を平気で分析結果として「それが令和や」と発信していて、Xを見ている活動家もその意見に賛同の嵐。。。おかしな話だと思いますよ。
党も党なら、それを支持する支援者も支援者です。
私は十年以上前から公明党の得票数を確認していますが、基本的に退潮傾向に歯止めがかかっていないのは顕著です。これは組織的な問題もありますが、新進党解党後、公明党が再結成されてからの政策的な失政も大きな要因としてこの退潮傾向の元になっていると思います。
それは「年金安心100年プラン」の失策であったり、「安保法制」というそれまで一貫した護憲姿勢を安易に覆した事も、党の信用性を著しく落としたと感じています。また何より政権与党に参画して四半世紀経った現在の日本社会の形を見れば、誰でも判る事ではありませんか。
「公明党」と立党当時の政治姿勢を表明した党名、また「大衆と共に」という党是、これらを蔑ろにした国政の姿に、うんざりしている国民も多く居ると思います。
何時になったら、こういった根本的な事に気付く事が出来るのでしょう。恐らく党のメンバーほどその影響を理解していないのではありませんか?
ちょっとおもった雑感です。