自燈明・法燈明のつづり

思いついたら書くブログです

中有からの考察③

心の本源についてみていく事が、これまでの記事の目的です。そして私の考察を説明する上で、このヘザー女史の体験というのは極めて大事だと考えていますので、もう少しの間、お付き合いください。

◆劇的な症状改善

彼女はこの後、翌日の夕方六時までこんこんと眠り続けました。そして霞む目をやっと開けた時、自分がアレルギーの薬なしに快適に呼吸が出来る事に気付きました。これに彼女は驚きました。またそれまで引っ切り無しに続いていた頭痛や耳鳴りもなくなっており、いつもの胸の締め付けられる感覚も無くなっていて、肌も綺麗になっていたのです。

彼女は嬉しさのあまり、電話でホイットン氏にこの状況の報告を入れました。ホイットン氏も受話器の向こうで嬉しさを隠し切れずに話すヘザーの声を聴いて信じられませんでした。二日後には薬を飲まずにヘザーは外界の空気に触れましたが、アレルギーの症状は出てきません。この事について彼女は日記に記しています。

「1979年9月4日 歌のレッスンのあと、Kさんと会う。猫の毛だらけのところに座り、Kさんのたばこの煙の中で息をしても、くしゃみも咳も出ない。そのあとアレルギー剤を飲まずにすんだ。私にとってすごく珍しい事だ。すごくうれしい」

「1979年9月20日 今日はH医師のところへ行く。どうして突然アレルギーが完治したのか説明するのに苦労した。二人で大いに笑った。私がアレルギー剤を飲まずにすむようになり、先生は喜んでくれた。看護婦さんからもお肌がきれいになりましたね、と言われた」

この時のヘザーはアレルギーが目に見えて良くなった事で浮かれる一方、三週間の間、発作的に泣き叫んだり、悪夢や抑うつに苦しんだりもしていました。しかしその間、ホイットン氏の下へは行かず、自分ひとりの世界に閉じこもっていました。

ホイットン氏も何が原因で彼女の無意識が活性化したのか解らなかったので、彼はこの状況を楽観視せず、むしろ要注意していたのです。そして彼女が週一回の診察のペースを取り戻すと、ただちに彼女を催眠のトランス状態へ誘導しました。ホイットン氏は自身の眼で、自動車事故について確かめたかったのです。

この催眠の中で、ヘザーの語った内容は次の様なものでした。

◆イソベルの事故の状況

「地中海の水平線に照り映える夕日い向かってイソベル(ヘザーの前世の人格)とロバートと言う男性が猛スピードで車を走らせています。二人とも二日酔いに痛む頭を抱え、激しく言い争っていました。ロバートの子を身ごもっているイソベルは彼と結婚したがっているが、ロバートはそんな事はごめんだと思っている様です。フランスとイタリアの境界にそびえるマリティムアルプスの麓を通る、曲がりくねった海岸道路を危険なヘアピンもなんのその、ロバートは怒りに任せて車を飛ばし続けます。そして急カーブに差し掛かった頃、乗っていたブガッティは、道路わきの低い柵をすさまじい音を立てて押しつぶすと車は宙に舞い、灌木やしげみを根こそぎにして、崖の横腹にバウンドして岩肌に衝突しました。そしてその瞬間、大音響とともに爆発が起きて、ロバートはハンドルと椅子に挟まれて即死、イソベルは助手席から砂地へと放り出され、その後何度も爆発があり、イソベルの右半身は熱と煙に包まれてしまいます。まずはドレスに火が付き、次に髪の毛に火の手が回り、炎が彼女の顔の右半分を舐めていきました。」

この事故の情景だけでも充分すぎる衝撃でしたが、またしてもヘザーは恐怖に打ちのめされてしまいました。彼女はその場に居合わせて目撃した様になり、その場にくぎ付け状態となってしまいました様でした。しかし彼女もまたその衝突の犠牲者でもあったのです。燃える車から吐き出される熱く黒い煙がイサベルの肺を焦がしている間中、ヘザーも激しくせき込んでいました。この催眠誘導は何時でも抜け出る事が出来るのですが、ヘザーはその後の情景も見続けました。集まる群衆とフランスの消防隊の「サイレンではなく鐘をついた音」を聞き、消防隊の救援作業を見守っていたのです。

ヘザーは次になにが起きるのか、見たくはありませんでした。しかし自分自身の心痛の核心へと迫りつつある今こそ、その事から目を背けたくはなく、見たいという欲求に抗し切れませんでした。情景を続けます。

「イソベルは病室に寝かされていました。白衣の看護婦たちは大きなガーゼの包帯を水に濡らし、それを彼女の赤い水膨れの出きた体に巻いていきます。イソベルは苦痛に呻きます。右半身全体は大やけどの状態で、右目と右まゆはじくじくと腫れあがっていて、どこにあるのか見えません。看護婦は濡れたガーゼをあてて、二~三分置きにガーゼを交換しています。イソベルにはモルヒネを規定内で大量に投与しなくてはと話をしています。また流産したこの患者は二十四時間は持たないだろうと感じてもいたようです。」

ここまで来てヘザーは気分が悪くなり催眠から覚醒しました。ホイットン氏は数分待ってからヘザーにイソベルが事故から発生したガスを吸引した事と、ヘザーの気管支炎失陥などが結びついた事で、問題の核心に近づいた事を説明しました。ヘザーもアレルギー症状が無くなり有頂天になっていながらも、憂鬱さが強く増したように感じていました。

このイソベルの重い記憶にあえぎながらも、ヘザーはイソベルへの知りたさが募りはじめ、これから二~三週間にわたり自己催眠の中で、イソベルの生活を追っていく事にしました。そこで知りえたイソベルの人格とは次の様なものでした。

◆イソベル(ヘザーの過去世の人格)の人間像

「イソベルは確かなピアノの腕前と裕福な環境、その魅力や人気、また美貌の陰で深刻な心の問題に苦しんでいました。彼女は才能と美貌で若い女性が求める全てのものを手にしていましたが、利己主義で自滅的なところがあり、真の愛情を知らない様に見えました。幼くして孤児になった彼女は家政婦の手で育てられ、愛情に飢えていたのです。

イソベルはニューヨークの音楽学校で学ぶため、19歳でイギリスを出てアメリカに渡りました。1924年には彼女のマネージャーであるニコラスというロシア系ユダヤ人が、アメリカでのリサイタル出演契約を幾つか取り付けました。ところがその頃からイソベルの生活はプロのピアニストの生活からは離れて行ったのです。理由は社交界の派手な生活の魅力に心を奪われたからです。

イソベルはアメリカからイギリスに戻ると、ニコラスとの結婚を決めました。彼女にとってニコラスは父親の様な存在であり、心の拠り所でした。しかし社交界での派手な生活が身についてしまった彼女はロンドンと南フランスで奔放な生活をしていました。そしてそこでロバートと出会います。そして彼の子供を身ごもった事で、ニコラスとの関係は険悪なものとなり、家から飛び出してしまいました。その後、ブガッティによる事故にあってしまいますが、ニコラスも間もなく心臓発作で亡くなってしまいました。原因はイソベルとの喧嘩であったそうです」

ヘザーはここまで自己催眠で知った時、このイソベルから自分自身が多くの「業(カルマ)」を受け取っている事を理解しました。実はヘザー自身もメキシコシティではピアノの天才と呼ばれていて、メキシコきっての音楽学校へも通っていました。この様に前の世代の人生が、次の世代の人生へ引き継がれるという事に興味をそそられながらも、交通事故による強烈な記憶から、その先の結果までを知りたいと思う様になっていたのです。

 

【参考資料】
「輪廻転生・驚くべき現代の神話」 J.L.ホイットン著