自燈明・法燈明のつづり

思いついたら書くブログです

足元が見えていない公明党

 

先日(7/20)の参議院選挙、公明党で蓋を開けてみたら得票数が521万票という事で、公明党創価学会ではかなり動揺している様ですね。

そんな昨日、以下の記事を拝見しました。

newsdig.tbs.co.jp

この斎藤代表は、恐らく人は良いのでしょうが、政治家としての資質はあまり無い人物ですね。6/30にテレビで行われた党首討論では活舌悪かったし、この記事の写真にしても、語る内容はにこやかな表情で語れるものではないのに、何か薄ら笑いしている様に見えたりします。

昨今の石破総理もしかり、政治家とは立ち居振る舞いも重要なのです。

斎藤代表は、2025年8月1日の記者会見で、

”「責任は全て私にある」と陳謝したうえで、「捲土重来を期して選挙結果の分析、総括を進める」と述べました。”

とありました。

私が思うに今回の参議院選挙の「選挙結果の分析、総括」なんてそれほど難しい事でしょうか。

今回の参議院選挙へ向けて、斎藤代表は「700万票を目指す」と述べていましたが、そもそも、その700万票の根拠はどこにあったのか。

恐らく斎藤代表の中には、政治家としての明確なビジョンも無く、この700万票という数字をザックリと言ってしまったのだと、私は感じています。でもその様な言動、与党にある政党の代表という立場にいる人として問題は無かったのでしょうか。

また斎藤代表の記者会見ではこうもありました。

斉藤氏は敗因の1つとして、若い世代の支持が取り込めなかったことを挙げ、SNS対策などを強化したものの「道半ばの取り組みだ」と述べました。

公明党の支持母体である創価学会では、既に青年層が瓦解しているのは、十年以上前から顕著に表れている事であって、何も今回の参議院選挙で明確になったという事ではありません。

ここで「若い世代の支持が取り込めなかった」というのは、ある意味で以前から判っていた事であり、それは創価学会という組織の現状を少しでも理解していわれば充分に判る事です。そういった自党の支持母体の現状に対して、斎藤氏は政党の代表として、どの様に対策を考えて、創価学会という支持母体に対して意見を言い、改善要求を出したのでしょうか。

また「SNS対策などを強化」と言っていますが、それは元衆議院議員の伊佐氏に芸人の様な格好をさせ真似事をやらせ、Youtuber擬きをさせた事を言っているのか。そしてそれによる「若い世代の支持を取り込める」と考えていたのであれば、あまりにも浅薄な考えでしかないと思いますし、またそれを強化策だとした場合、公明党という政党は国民の感情を理解出来ない事を公言しているに等しいと言わざるを得ません。

◆全く足元が見えていない公明党

ここ最近、SNSのX上では創価学会の活動家を中心に、地方議員も巻き込んで「#RICE」などというハッシュタグを使い、さかんに「実績ある公明党議員」を訴えていましたが、そもそも公明党の支持母体は創価学会であり、創価学会の組織状況がほぼダイレクトに票数に現れてしまうのが公明党という政党なのです。

であれば公明党の獲得票数を伸ばすのであれば、足下の創価学会という組織に目を向けて、その中の支持基盤を固める事に重点を置かなければならないでしょう。

何しろ長年にわたり、創価学会の政治部門として、政党の独自な行動を見せていなかったのですから、これは当然の話だと思いませんか?

SNS対策などを強化」と言ってはいますが、実際にX上で情報発信をしている活動家は、恐らく活動家歴も浅く、発言内容を見ても「上滑り」しているが良く解ります。また公明党議員にしてもSNSの特性を理解せずに単に露出度を上げれば、自分達の政治的な主張が拡散できていると錯覚しているのが見え見えなのです。

こんな行動を今後続けたところで、それは公明党の獲得票数の復活には通じないと思います。

恐らく公明党の議員で、特に国会議員候補に関して言えば、創価学会の組織の現状を全く理解していないが故に、この様な状況に陥っていると私は感じています。

彼らの多くは弁護士や国家官僚を長く経験しているかもしれませんが、自分を国会に押し上げてくれる組織の現状を知る事はありません。何故なら「泥臭い学会活動」を経験する立場に居た事が無いですし、その様な機会も与えられずに議員になっています。

だからいざ選挙になっても、創価学会信濃町からの指示に対して、明確な意見を言えないでしょう。何せ創価学会の組織活動を理解もしていませんからね。結果としては「言われるがまま」というのが精一杯ではないかと。また指示する信濃町の大幹部にしても、創価学会の末端組織を理解している訳ではありません。彼らは「出家幹部」として指示を出し、現場に行っても忖度し気を使われる立場であって、現場で悩み蠢きながら活動した経験は持っていません。

だから国会議員候補たる人物は、創価学会の組織の支部なり地区の要職を三年でも良いから経験し、その上で候補者となり選挙に取り組めば、この様な「上滑り」の様な状況も多少は改善出来ると思うのです。

◆オープンな公明党は実現できるのか

前出の伊佐氏は自身のYoutubeの中で「創価学会公明党」のイメージを払拭し、もっと開かれた公明党になるべきだと言っていました。

でもそれは今の創価学会公明党の関係性を観たら、まず実現は不可能だと思います。

まず一つ目は、公明党の議員選出のプロセスは、社会協議会で行うと言われていますが、この社会協議会自体、現在はクローズな存在であり、その構成員や選出に対する議事録は公開されていません。

もし候補者を非創価学会員として選出するのであれば、候補者選考のプロセスは全て可視化しなければならず、その社会協議会の構成員から議事録まで当然、公開しなくてなならないでしょう。果たして創価学会がそれを認められるのか、そこが大きな疑問です。

また「創価学会公明党」という関係性にした場合、そういう政党を創価学会の現場活動家のうちのどれだけが、従来彼らの言う「広宣流布の戦い」とか「選挙には功徳がある」という形で取り組む事が出来るのでしょうか。

また候補者を公募し、開かれた公明党になったとして、そこで当選した議員がもし自分の政治的な信念の下、他党へと移籍した時、創価学会の中でそんな議員を「仏敵」「忘恩の輩」「増上慢の裏切者」と罵倒する事は出来ません。もしそんな創価学会の活動家の言動でそのような事を行えば、それを日本社会はどの様に受け止めるのか。そこを考えると当然、創価学会の活動家たちの政治への取り組み方の意識改革も極めて重要となってきます。

とまあ、これ等の事をつらつらと考えていくと、やはり今の状態の公明党は、この先も創価学会の瓦解と共に縮退する事は避けられないと思います。X上で「#RICE」なんてハッシュタグつけて、夢想の中で「未来のあるべき公明党」をいくら語りあった処で、この問題は解決する事は出来ないでしょう。

組織とは組織文化によって動くもの。組織文化とは組織の基本的方針(基本方針であり基本思想と言っても良いでしょう)により醸成されるのです。しかしいまネットを中心に「開かれた公明党」を言う人たちは、こういった基本的な組織の在り方について理解は出来ていないと感じます。

だからもし「開かれた公明党」を作るのであれば、支援者が「ボトムアップ」で、現在の公明党を「スクラップ&ビルト」するしかありません。ただもしそんな事をしたとして、目指すのは「政党」であれば、その政治的主張が一体どれだけの国民の心を動かす事が出来るのか。

残念ならがそれだけのパッションある議員も公明党に居なければ、創価学会の中にもいないですよね。

もっと公明党は足元をしっかりと見据えるべきなのです。