自燈明・法燈明のつづり

思いついたら書くブログです

日本の歴史を振り返って見たい

さてここで少し新たなカテゴリを設けて、自分の中で少し思索の範囲を広げてみたいと思います。

昨今の世界の状況を見て、その中で日本の国としての動きを見て、また国内の政治の動きを見ていると、やはり今の日本に決定的に不足しているのは「自分達の国の歴史観」である事を強く感じているのです。

先日、アマゾンPrimeで以下の映画を観ました。

www.youtube.com

また以前には以下の映画を見ていました。

www.youtube.com

両方共に先の太平洋戦争の「ポツダム宣言受諾」に纏わるエピソードについて、映画化したものですが、正直、私が学生時代の歴史授業の中では、こういった事柄について学んだ事がありません。

前の記事に少し書いた事かもしれませんが、今から十五年ほど前に、私はとある資格取得をする為に、一週間ほど有給休暇を使い、自費で、とある研修を受けに行った事があります。内容としては経営コンサルタントに近い内容で、その研修の講師はコンサルティングファームの役員であり、某大学の非常勤講師をしている人でした。

その人が研修の合間の雑談で以下の事を語っていました。

「私は大学で講座を持って講義していますが、正直、今の大学生には呆れかえっています。何故なら、過去に日本とアメリカが戦争で戦ったという事を話しをした時、その講義に参加している大学生の大半が”過去に日本とアメリカが戦争で戦った”という事実を知らなかったのです。大学生でこのレベルですから、日本の将来はもう無いなと思いました。」

この人が講座を持っている大学はけして「Fラン大学」等ではありません。そこそこ名前の知れた大学で、集っている学生のレベルもけして低いものでは無いはずです。しかしその学生をしても、日本の過去の歴史について知らないという現実。

これでは一体、この先の日本はどうなってしまうんでしょうね。

先日の参議院選挙では参政党の掲げた「日本人ファースト」という言葉が、日本社会の中で急速に流布し、それが参議院選挙の結果にも影響を与えました。それに対して既存の政党を中心にして、この言葉を「ヘイトだ」「差別主義者の言葉だ」という反論が随所で見受けられました。

しかしこの言葉が何故、今の日本社会に拡散出来たのか、そこへの視点を以て論じる意見は極めて少数の様に見えました。

また日本国内で、特にマスコミを中心にして、この時期になると8/6には広島、8/9には長崎への原子爆弾の投下された過去の歴史を取り上げ、日本は先の戦争の絶対的な加害者であり、また被害者であるという、とても複雑な雰囲気に包まれていきます。また8/15は終戦記念日なので、その時には過去の日本の行いについて賛否両論の議論が毎年の様に繰り返されて来ました。

しかし国の後継者たる若者に対して、こういった過去の歴史が根付いているかと言えば、今の日本には一切根付いていません。先の大戦は何故起きたのか、何が問題であって、どこを間違えたのか。そもそも先の大戦とは日本にとって、どの様な意味があり、そこからどの様な影響を現在の日本は受けているのか。こういった話を、日本は若い世代には語る事もせずに今日まで来てしまったのではないでしょうか。

その姿が先の大学の非常勤講師の言葉にもつながっていると思うのです。

学校では歴史という授業があります。しかし私の記憶の中では、そこで日本の歴史をどれだけ学んできたのでしょうか。恐らく何も学んできていなかったんですね。歴史とは年号と歴史的な事件の名前を覚える事にのみ重点を置き、そこに記録されている様々の事実についておざなりな内容のまま、教わってきてしまいました。

日蓮は御書の中で書いています。これは心地観経にある言葉です。

「過去の因を知らんと欲せば其の現在の果を見よ未来の果を知らんと欲せばその現在の因を見よ」

これは当に「歴史を学ぶ意義」を語っていると思うのです。また開目抄には以下の言葉があります。

「此等の賢聖の人人は聖人なりといえども過去をしらざること凡夫の背を見ず未来をかがみざること盲人の前をみざるがごとし」

この言葉は「過去世と来世」の事を述べていますが、別の味方をすると過去を知らないのは、自身の背中が見えない事であり、未来を見ない事は盲人と同じだと言うのです。そしてそんな人が今の時代にいくら良く生きようと言っても、結果として近親者や周囲の人々を救う事は出来ないと言っています。

これは個人的に感じている事ですが、昨今の日本の政治的に混乱している状況の根っこには、この自分達の歴史観の無さが一番影響しているのではないでしょうか。

だから今の時代ほど、歴史を学びなおす必要のある時代は無いと感じても居ます。

また歴史とは「勝者の歴史」という側面もあます。私達が一般的に学ぶ正史の大半は、実は歴史的な事実ではない事も多くあります。この代表的な事として、近代史を語る際に出てくる「司馬史観」というものがあります。これは司馬遼太郎氏の描いた歴史観ですが、大河ドラマなどでも扱われたり、学校で学ぶ歴史の観点にも大きな影響を与えています。

だからと言って、司馬遼太郎氏の歴史観全てを否定するものではありません。ただそういった前提を持って、彼の歴史観を学ぶ必要があると思うのです。

すいません、少し話があちらこちらへとブレてしまいました。

ここでは私自身が学んだ内容について、これから先ずは特に近代史を中心としてまとめていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。