
さて、今回は日蓮の事について書いていきます。
前回は塚原問答と、守護代の本間氏に対して「二月騒動」の事を伝えた事を紹介しました。この塚原問答の時期に日蓮が書き著した御書が「開目抄」となります。
当時は現代と違い、紙は貴重なものでした。そこ事からこの開目抄の原紙には、隙間を埋める様に書かれていたと言います。
◆背景と大意について
開目抄は「人本尊開顕の書」と呼ばれていて、今まで創価学会では龍ノ口の法難で発迹顕本された末法の御本仏・日蓮大聖人が、ご自身を人本尊として顕した重要な御書だと言われていました。
しかし2014年11月の創価学会の会則改正に伴い、日蓮を末法の御本仏という事ではないと変更した事から、この開目抄についても創価学会では扱いを変える必要があるのでは無いかとも思います。前の記事「龍ノ口の法難」にも書きましたが、今の創価学会では発迹顕本という考え方自体が無くなってしまいましたので、この開目抄についても意義を変更する必要があると思うのですが、果たしでどうなのか。
この開目抄は文永九年(1272年)二月、流罪先の地である塚原三昧堂で著述されました。この御書の真筆は身延山久遠寺にありましたが、明治八年(1875年)の身延大火で焼失してしまいました。しかし久遠寺二十一世の日乾師が慶長九年に作成した真跡対交本が京都の本満寺に現存しています。
この開目抄はどの様な書であったのか、それは日蓮自身が「御振舞抄(種々御振舞御書)」に以下の様に述べてます。
「さて皆帰りしかば去年の十一月より勘えたる開目抄と申す文二巻造りたり、頚切るるならば日蓮が不思議とどめんと思いて勘えたり、此の文の心は日蓮によりて日本国の有無はあるべし、譬へば宅に柱なければたもたず人に魂なければ死人なり、日蓮は日本の人の魂なり平左衛門既に日本の柱をたをしぬ、只今世乱れてそれともなくゆめの如くに妄語出来して此の御一門どしうちして後には他国よりせめらるべし、例せば立正安国論に委しきが如し、かやうに書き付けて中務三郎左衛門尉が使にとらせぬ」
ここでは日蓮が立正安国論を著して時の幕府に諌暁を行った事について、そこでで予見していた「自界叛逆難」が、この日蓮が佐渡の地に流罪になった時に「二月騒動」として現実化した事に触れています。そして同じく安国論の中で予見している「他国侵逼難」についても必ず起きるであろうと確信をしていた様です。そしてそれを防ぎ、対処できるのは自分しか居ないと確信していたのでしょう。そこから自身を「日本国の有無はあるべし、譬へば宅に柱なければたもたず人に魂なければ死人なり」と言う様に、日蓮自身が国の柱であると自覚していたのでは無いかと思うのです。
「我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ我日本の大船とならむ等とちかいし願やぶるべからず」
これはこの開目抄に書かれている有名な言葉ですが、日蓮正宗などでは、ここで「柱・眼・大船」と言う事を日蓮が語り、これこそが仏の三徳を示す言葉だとして、これをもって開目抄を「人本尊開顕の書」と位置づけをしていましたが、これはあくまでも日蓮個人の自覚の話であり、けしてそれが「私は久遠元初の仏である」といった宣言では無い事が、この種種御振舞御書の内容を見ても読み取る事が出来ます。
また佐渡流罪という事で、一旦は幕府から正式処分が決定されたので、そこで一生過ごす事で赦免になるという様な理解の人も多いのですが、前の記事にも書いた様に、実は日蓮の周囲は以前として不穏な動きが多くあり、鎌倉においても依然として「日蓮の首を切れ!」という意見も出ていたと言います。その事から日蓮自身、何時首を切られても良いという覚悟はしていた様です。
そこで日蓮は自身が立教開示から今まで取ってきた言動の真意、門下に語り残しておきたい事、また日蓮のひたむきな国に対する思いを書き連ねて四条金吾に送ったものが「開目抄」だと思われます。そこから考えるとこの御書は「日蓮の遺言書」に近いものであると捉える事が妥当であり、けして「自身が人本尊である」という様な御書では無いように思えるのです。
またもう一つ考えなければならない事。それはこの御書が与えられたのは富木常忍ではなく、鎌倉の信徒の中心者であった四条金吾であるという事です。
日蓮はこの佐渡において「如来滅後五後百歳始観心本尊抄」も著述してますが、こちらは富木常忍に対して贈られています。日蓮は教義的に重要な御書については、後世への保存という観点もあってか、富木常忍に対して与えられている事が多いのですが、この御書についてはそうではなく、鎌倉在住の信徒の中心者であったと思われる四条金吾に対して与えられています。当時の鎌倉では日蓮門下であるというだけで、様々な迫害や嫌がらせなども受けている人々が多く居ました。そんな彼らに対して思いを伝えたいという事から、四条金吾に対してこの御書は送られたのでしょう。
この事から考えてみても、人本尊開顕の書という様な、教義的に重要な御書という位置づけとは違う御書であると考えるべきではないでしょうか。
この開目抄ですが、とても長文な御書であり、読み込んでみると重畳して語る部分もある様に思えます。その為に本文をそのまま紹介するというよりも、幾つか要点を絞り書いていきたいと思います。
もし全文を読んでみたいのであれば、講義録などは参照せずに、せめて一度は通して読んでみても良いと思います。基本的に高校レベルの古文が読了が出来るのであれば、そのまま読み進む事も出来ると思います。
(続く)