自燈明・法燈明のつづり

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開目抄について⑥-久遠実成について

ここまで開目抄を紹介してきましたが、開目抄はとても長文の御書になっています。この御書を与えられたのは四条金吾を筆頭に、鎌倉の門下一同に対してです。当時の日蓮佐渡流罪され、何時斬首されてもおかしくない状況の中で、鎌倉に残った門下も様々な嫌がらせや弾圧の最中にありました。

その門下に対して、日蓮は思いのたけを綴ったのでしょう。それは自身がこれまで門下に教えてきた事は、けして間違った事ではなく、自身も正しいが故にこの様な大難に会っているという事を伝えたかったのかもしれません。

ただちょっと難しい内容だったかもしれませんね。

◆久遠実成について

続いて日蓮は久遠実成について述べていきます。

「二には教主釈尊は住劫第九の減人寿百歳の時師子頬王には孫浄飯王には嫡子童子悉達太子一切義成就菩薩これなり、」

ここでは釈迦がインドの浄飯王の王子の悉達太子であった事を述べます。そして釈迦は十九歳で出家して三十歳で悟りを開いた後、初めて説いたのは華厳経であり、その説法の座には十方の諸仏も参集したという事を述べます。そしてこの華厳経で説かれる「心仏及衆生」という言葉は、当時の各宗派でも肝要な教えになっていると言うのです。

しかしこの華厳経でも二乗や一闡提の悪人は成仏出来ないと言う事なので、それは珠に傷がある様なものだと言い、また爾前経から法華経までの間は始成正覚という、あくまでもこの娑婆世界で修行して悟りを得たという立場をとって久遠実成の事を隠していたと述べます。

また華厳経とはとても勝れた経典ですが、そこでもこの大事な事を説いていないのだから、以降の阿含部や方等部、般若部、大日経などでも久遠実成を説く訳が無いだろうと言うのです。

「此等は言うにたらず只耳目ををどろかす事は無量義経華厳経の唯心法界方等般若経の海印三昧混同無二等の大法をかきあげて或は未顕真実或は歴劫修行等下す程の御経に我先きに道場菩提樹の下に端坐すること六年阿耨多羅三藐三菩提を成ずることを得たりと初成道の華厳経の始成の文に同せられし不思議と打ち思うところに此は法華経の序分なれば正宗の事をいはずもあるべし」

これら爾前経だけではなく、無量義経には華厳経と同じ程の深い教えを説き、それまでの経典を未顕真実とまで書きながら、いまだ始成正覚という事を言っているのも不思議だとは思うが、これは法華経の序文なので致し方ないと言い、その後、法華経で開三顕一など様々説き皆是真実と言いながら、ここでも久遠実成を明かさなかったのは不思議でもあると言います。

「されば弥勒菩薩涌出品に四十余年の未見今見の大菩薩を仏爾して乃ち之を教化して初めて道心を発さしむ等ととかせ給いしを疑つて云く」

そして従地涌出品で地涌の菩薩が出現したのを見て、弥勒菩薩が大きな疑いを持ち、その疑いを晴らす形で、如来寿量品にて久遠実成を明かした事を述べます。

「華厳乃至般若大日経等は二乗作仏を隠すのみならず久遠実成を説きかくさせ給へり、此等の経経に二つの失あり、一には行布を存するが故に仍お未だ権を開せずとて迹門の一念三千をかくせり、二には始成を言うが故に尚未だ迹を発せずとて本門の久遠をかくせり」

ここで華厳経から諸大乗経典、そして大日経に至るまでの間、二乗作仏と久遠実成を隠しているという事で、これら爾前経には「二つの失(とが)」があったと日蓮は述べています。

一つ目は「行布が損ずるが故」とありますが、要は十界論で説くの一つひとつの境涯事に差別というのが存在するというのです。地獄から仏界まで、各々が個別で捉えられていて、その先には当然、仏とその他の九界についても別モノだと言う事に爾前経ではなっていたという事です。

二つ目は「始成正覚」という立場を釈迦は取っており、本門(本当の姿)である「久遠実成」を隠していた事だというのです。

 

爾前経では、それぞれ個々の真理が説かれています。例えば般若経では空諦を説いてもいるでしょう。華厳経では心の実相について、かなり深い内容が説かれていました。しかし日蓮の考える処によれば、結果として爾前経では仏の実像というものが現れていないという事を「失(とが)」と、ここでは指摘していると思います。