自燈明・法燈明のつづり

思いついたら書くブログです

開目抄について振り返って見る

ちょっと長い期間になりましたが、日蓮の御書である開目抄を読んできました。

繰り返しになりますが、日蓮正宗創価学会等では、この開目抄の事を「人本尊開顕の書」と言い、日蓮自身が人本尊(人として根本尊形するもの)である事をこの御書で明かしたというのです。

しかしながら読んでみると、けしてそんな内容では無い事が解ります。

◆尊敬すべき者と習学すべき物

冒頭にあった「夫れ一切衆生の尊敬すべき者三あり所謂主師親これなり、又習学すべき物三あり、所謂儒外内これなり。」とは、人として尊敬しなければならない存在としての三徳を指しており、ここで主人とは、社会生活の中で従わなければならないものであり、現在の社会であれば務めている会社の上司や経営者などがあたるでしょう。師とは教えを請うものであり、現在であれば学校の教師や、場合によっては職場の先輩などがあたります。親とは説明するまでも無いのですが、自分を育ていつくしむ存在です。

この三つは「仏の三徳」という事を言われていますが、私が思うのは日蓮がここで述べた「三徳」とは「人間関係の基本的な尊敬対象」としての三徳だとと思います。それはつまり仏法以前に人として本来大事にすべき存在の事でしょう。

そしてその後に「又習学すべき物」とありますが、それでは何のために習学するのかについて、開目抄では以下の様に述べていました。

「三皇已前は父をしらず人皆禽獣に同ず五帝已後は父母を弁て孝をいたす」
「而りといえども過去未来をしらざれば父母主君師匠の後世をもたすけず不知恩の者なりまことの賢聖にあらず、」

これはつまり忠義や孝養といった、人として当然の事が出来る様になるためには、学ぶべきものが三つあると述べたのでしょう。そして恐らく日蓮も、自ら仏教を学ぼうと思った理由は「聖賢の二類は孝の家よりいでたり何に況や仏法を学せん人知恩報恩なかるべしや、仏弟子は必ず四恩をしつて知恩報恩をいたすべし」と開目抄の中にもある様に、主師親の三徳への恩と共に、衆生への恩に対する報恩や忠孝という事があったのではないでしょうか。

◆習学すべき物の最高峰

こういった流れの中で、習学すべき物の最高峰として日蓮法華経に行きついたのでしょう。これは前の記事で書いた事ですが、日蓮承久の乱の翌年に誕生しました。承久の乱というのは、武家社会の始まりでもありましたが、これはそれまで続いた朝廷を中心とした政権とは異なる社会でした。それまで臣下であった武家が主家である朝廷や公家を差し置いて国政を行うという、云わばそれは社会秩序の大きな変化でありそれまでの社会常識の崩壊でした。だから当然社会の中は大混乱をした事でしょう。

そういう社会の中で、幼少期の日蓮は「我を日本一の智者としたまえ」という請願を行った事が御書の中には書かれていました。

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そして清澄寺に登り、師匠である道善房より天台大師の打ち立てた法華経の教義を聞き、その後比叡山に登り修学する中で、法華経こそが最高の経典であると確信を得たのでしょう。

この開目抄では、この日蓮法華経こそ最高経典という確信を得た内容について、詳細に綴られていました。

日蓮が生きた時代では、当然現代ほど情報がそろった時代では無く、ある意味で限られた枠の中の情報しかありません。また仏教の考古学的な研究も為されていない中で、日蓮法華経こそ金科玉条の経典であると、その様な結論に辿り着いたとしても、それは当然の帰結であったと思います。

しかし現在判っている中では、例えば「四十余年未顕真実」と無量義経で説かれているからと言って、それでは法華経日蓮の生きた時代と同じように、その言葉のみで信じられるのかというと、それはとても難しいと思うのです。

一つは無量義経という経典は、天台大師智顗によって法華経の開経として位置づけされていますが、これは古代中国の南北朝時代に曇摩伽陀耶舎によって漢訳されたと言われている経典です。しかしその原本となるサンスクリット語の経典は未だに発見されていません。

また無量義経の最後では、説法会は散会されて終わっていますが、それに続く妙法蓮華経の序品第一では既に人々の参集が終わっており、まさに始まる直前という状況でした。

これで何を言いたいかと云えば、経典として無量義経妙法蓮華経では連続性に欠けている事を表していて、そんな経典を開経に位置づけするのはおかしいのではないか。この事については既に中国の中で天台宗に対して疑問が呈されていましたが、それに対する明確な回答は天台宗側からは為されていないのです。

また提婆達多品について、開目抄の中では「女人成仏」と「悪人成仏」という「二箇の諌暁」が明かされたとありますが、この提婆達多品自体、実は初期の法華経には存在しなかった品と言われており、実際に鳩摩羅什訳の妙法蓮華経を読んでみても、それを匂わせる内容になっています。

例えば女人成仏というのは、実は女人のままで成仏したのではなく、龍女が変成男子(男子と変化して)即身成仏した様子が描かれています。つまり女性が女性として成仏した姿ではなく、あくまでも男性に変化した後の成仏であって、それは提婆達多品で舎利弗が述べた「女身は垢穢にして是れ法器に非ず、云何ぞ能く無上菩提を得ん。」という女性蔑視の観点は何も変化していない事になります。

まあ、そもそも既に釈迦の本心を理解し、成仏の記別を受けたであろう舎利弗が、この様な女性蔑視の言葉をあからさまに言う事にも大きな違和感を覚えるのですが。

またこの即身成仏についても、方便品第二から明かされた二乗作仏とは明らかに異なります。

二乗作仏では、舎利弗を始め釈迦の弟子たちが、遠い未来世に於いて成仏を約束するという内容であって、そこでは二乗が成仏する可能性がある事を示したのみであり、けして即身成仏したという事ではありません。何故、二乗は遠い未来世に成仏するという約束でありながら、畜生界の存在である龍女がその場で即身成仏出来たのでしょうか。これは文脈から見てもおかしな話だと思うのです。

また悪人成仏として、提婆達多が過去世に釈迦の師匠であった阿私仙人であったと明かし、それによって成仏の記別を受ける事が悪人成仏と言われていますが、これについては特にここで明かさずとも、久遠実成を明かす事で悪人成仏の意義もそこで含まれると思うのです。

そもそも爾前経に於いて、一闡提人は仏となっても、二乗は成仏しないと叱られ続けた事が開目抄でも述べられていますが、その二乗作仏が明かされた時点で、自然に一闡提人の成仏も約束された様なものでしょう。

この様に考えてみると、妙法蓮華経は確かに最高の経典かもしれませんが、けして金が玉条の経典ではないのではありませんか?

◆一念三千について

ただしこの法華経の中に明かされる二乗作仏と久遠実成の先にある一念三千という教理自体は、優れたものと考えても良いと思います。

そして日蓮はこの事について「一念三千の法門は但法華経の本門寿量品の文の底にしづめたり、竜樹天親知つてしかもいまだひろいいださず但我が天台智者のみこれをいだけり。」と述べました。

ただし後世の日蓮の弟子たちは、この日蓮の言葉を切り出して、あまりにも大業に扱い過ぎてしまったと思うのです。特に堅樹院日寛師に至っては「文底秘沈抄」という論をまとめていますが、私は開目抄を読む中で、それほどこれが大業な話ではないと思うのです。

恐らく天台大師智顗は、法華経の中から十界互具や三世間、そして十如是という事から一念三千を体系化しましたが、その内容は魔訶止観では一切触れられていません。この事は日蓮が後の如来滅後五五百歳始観心本尊抄でも明かした様に、それは内観修行の手解き書の中でのみ語られていた事なのです。

一念三千の法門とは、明確に法華経の中で語られている訳ではなく、そこにある二乗作仏という話し、また久遠実成という話し、そして方便品第二の十如是や、如来寿量品等で明かされる三世間という話しから体系化されたとなれば、確かにそれは「文上(文書として明確に語られている)」ではなく「文底(文書で説かれる中に隠されている)」となるでしょう。そしてこれは竜樹菩薩や天親菩薩と言った過去の論師は認識していたかと言えば、おそらくニュアンス的な事は理解出来ていたと思いますが、明確な体系として作り上げていない。これを日蓮は「知つてしかもいまだひろいいださず」と表現し、それを内々で門下に語った天台大師を「これをいだけり」と表現したと思われるのです。

そして日蓮は、自身の行動の上で法華経の信心を起こした事で迫害を受けた事により「法華経を身読した」と理解して、この一念三千を開目抄で明確に語りだしたのではないでしょうか。

しかしこの事を、日蓮の後世の弟子たちは、忖度したのかどういう意図なのか「文底」という言葉を殊更神秘的なものとして扱い、結果として日蓮の真意を余計に見えなくしてしまったようにも思えます。

この開目抄については、長文で難解な御書でもありますが、その反面で日蓮が自身の法華経信仰へと帰結した文証類は、事細かに明かしていますので、そういう意味でも日蓮の思想の遍歴について理解するには、優れた御書と言えるかもしれません。

ただそれはけして「人本尊開顕の書」でもありませんし、日蓮自身、この御書の中で「私こそが末法の人本尊だ」と述べている箇所はないのです。この御書の冒頭にもある様に、人が人として尊敬するのは「主人・師匠・両親」であり、それが人として当然の事だと日蓮は考えていたと思いますよ。

とりあえず開目抄については、一旦、これで終了いたします。