自燈明・法燈明のつづり

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観心本尊抄について⑦-内鑒令然

前の部分では法華経に対する疑念が述べられました。つまり法華経と爾前経を比較すれば爾前経に付くべきであり、法華経の一念三千という義は天台大師、伝教大師、そして日蓮の辟見であろうという事です。

その疑念について、ここから答えていきます。

答えて曰く此の難最も甚し最も甚し但し諸経と法華との相違は経文より事起つて分明なり未顕と已顕と証明と舌相と二乗の成不と始成と久成と等之を顕わす、諸論師の事、天台大師云く「天親竜樹内鑒冷然たり外には時の宜きに適い各権に拠る所あり、而るに人師偏に解し学者苟も執し遂に矢石を興し各一辺を保ちて大に聖道に乖けり」等云云、章安大師云く「天竺の大論尚其の類に非ず真旦の人師何ぞ労わしく語るに及ばん此れ誇耀に非ず法相の然らしむるのみ」等云云、天親竜樹馬鳴堅慧等は内鑒冷然なり然りと雖も時未だ至らざるが故に之を宣べざるか

先の疑念に対してここで答えていきます。

この疑念は最もの事だが、ただし爾前経と法華経の相違というのは経文によって明確になっていると言うのです。それは真実に対する未顕と巳顕、経典内に仏が真実である事を示す舌相と二乗の成仏と不成仏、始成正覚と久遠実成等に顕れていると言います。

また過去の論師の事について天台大師は「天親菩薩や竜樹菩薩は内鑒冷然と云い、外には時期に随い各権経に拠る所がある。然るに人師は間違えて理解し、学者も我見を立てて遂に論争を起し、各々が教説の一部を以って大きく仏教の聖道と乖離したのである」と言っている。章安大師も「天竺(インド)の大論師さえ尚その類ではなく、中国の人師が何故わずらわしく語るのか、これは驕りではなく法相によって明確である」と言っている。天親菩薩や竜樹菩薩、馬鳴菩薩や堅慧菩薩などは内鑒冷然で知っていても、未だ時期が来ていなかったので宣べていなかったのだろうと言うのです。

人師に於ては天台已前は或は珠を含み或は一向に之を知らず已後の人師或は初に之を破して後に帰伏する人有り或は一向用いざる者も之れ有り但し断諸法中悪の経文を会す可きなり、彼は法華経に爾前の経文を載するなり往いて之を見るに経文分明に十界互具之を説く所謂「欲令衆生開仏知見」等云云、天台此の経文を承けて云く「若し衆生に仏の知見無んば何ぞ開を論ずる所あらん当に知るべし仏の知見衆生に蘊在することを」云云、章安大師の云く「衆生に若し仏の知見無くんば何ぞ開悟する所あらん若し貧女に蔵無んば何ぞ示す所あらんや」等云云。

また人師については天台大師以前は、或いは珠を含んで或いは全く珠の事を知らなかった。天台大師以降の人師は初めに天台の論を否定して後、帰伏する人や全く用いない人もいたが、「諸法の中の悪を断ず」という経文を会わして考えるべきだと言います。天台大師は法華経に爾前の経文を引用してこれを読んだところ、経文に明確に十界互具があると言っている、それは「衆生の仏知見を開かしめんと欲す」とあるが、天台大師はこの経文について「もし衆生に仏知見がなければ、何故開かしめんとう論ずる事があるだろうか、これは仏の知見が衆生に蘊在するという事だ」と言い、章安大師は「衆生にもし仏の知見が無ければ、何故悟りを開くところがあるだろうか。もし貧しい女性に蔵がなければ、どこに示す所があるというのか」と言っています。

但し会し難き所は上の教主釈尊等の大難なり、此の事を仏遮会して云く「已今当説最為難信難解」と次下の六難九易是なり、天台大師云く「二門悉く昔と反すれば信じ難く解し難し鉾に当るの難事なり」章安大師の云く「仏此れを将つて大事と為す何ぞ解し易きことを得可けんや」伝教大師云く「此の法華経は最も為れ難信難解なり随自意の故に」等云云、夫れ仏滅後に至つて一千八百余年三国に経歴して但三人のみ有つて始めて此の正法を覚知せり所謂月支の釈尊真旦の智者大師日域の伝教此の三人は内典の聖人なり

ただし解釈し難い事は、上の教主釈尊の大難(同じ釈尊が異なる事を説いた事)だと言います。この事を釈尊は会を遮って「已今当に最も難信難解を説く」と六難九易を述べ、天台大師はこれを「二門が悉く昔と反対の事であれあ信じ難く解し難い鉾にあたる難事である」と言い、章安大師は「仏は此れをもって大事だとしている。何で解しやすい事があるだろうか」と言い、伝教大師は「この法華経は随自意のが故に信じ難く解し難いのである」と言っています。これは仏滅後に一千八百余年の間、三国を経てただ三人のみ初めてこの正法を覚知したのである。それはインドの釈尊と中国の天台大師、日本の伝教大師で、この三人は内典の聖人なのであると述べるのです。

問うて曰く竜樹天親等は如何、答えて曰く此等の聖人は知つて之を言わざる仁なり、或は迹門の一分之を宣べて本門と観心とを云わず或は機有つて時無きか或は機と時と共に之れ無きか、天台伝教已後は之を知る者多多なり二聖の智を用ゆるが故なり所謂三論の嘉祥南三北七の百余人華厳宗の法蔵清涼等法相宗玄奘三蔵慈恩大師等真言宗の善無畏三蔵金剛智三蔵不空三蔵等律宗道宣等初には反逆を存し後には一向に帰伏せしなり。

ここで三人は内典の聖人と言いますが、それでは竜樹菩薩や天親菩薩はどうなのかと問いを設けます。そしてそれについて、これ等の聖人は知っていてもこれを言わなかったというのです。また迹門の一分は述べましたが本門とその観心については言わなかったが、これは或いは機根の為が、時では無いか、機根と時が無かったのかだと答えます。天台大師や伝教大師以降は、この事を知る人が増えたがこれは二聖の智慧によっての事で、それは三論宗の嘉祥や南三北七の百余人、華厳宗の法蔵清涼等、法相宗玄奘三蔵や慈恩大師等、また真言宗の善無畏三蔵や金剛智三蔵、不空三蔵、律宗道宣などで、初めは反論したが後には帰伏して信じたのであると言います。

但し初の大難を遮せば無量義経に云く「譬えば国王と夫人と新たに王子を生ぜん若は一日若は二日若は七日に至り若は一月若は二月若は七月に至り若は一歳若は二歳若は七歳に至り復国事を領理すること能わずと雖も已に臣民に宗敬せられ諸の大王の子以て伴侶と為らん、王及び夫人の愛心偏に重くして常に与共に語らん所以は何ん稚小なるを以ての故にと云うが如く、善男子是の持経者も亦復是くの如し、諸仏の国王と是の経の夫人と和合して共に是の菩薩の子を生ず若し菩薩是の経を聞くことを得て若しは一句若しは一偈若しは一転若しは二転若しは十若しは百若しは千若しは万若しは億万恒河沙無量無数転せば復真理の極を体すること能わずと雖も、乃至已に一切の四衆八部に宗仰せられ諸の大菩薩を以て眷属と為し乃至常に諸仏に護念せられ慈愛偏に覆われん新学なるを以ての故なり」等云云、普賢経に云く「此の大乗経典は諸仏の宝蔵十方三世の諸仏の眼目なり乃至三世の諸の如来を出生する種なり乃至汝大乗を行じて仏種を断ぜざれ」等云云、又云く「此の方等経は是れ諸仏の眼なり諸仏是に因つて五眼を具することを得仏の三種の身は方等従り生ず是れ大法印にして涅槃海に印す此くの如き海中能く三種の仏の清浄身を生ず此の三種の身は人天の福田なり」等云云。

ただしこの釈尊の二難を考えない場合、無量義経には「例えば国王と夫人との間に新たに王子が生まれ、若しくは一日若しくは二日若しくは七日になり、若しくは一月もしくは二月若しくは七月となり、若しくは一歳若しくは二歳若しくは七歳に居たり、また国の事を執り行う事が出来ないとしても、既に臣民に尊敬され諸々の人は大王の子の伴侶となるだろう。それでも王や夫人が王子を愛する心は重く、常に共に語らうであろう。何故ならまだ親にとって子供だからである。善男子よ、この持経者もまた同じなのである。諸仏の国王と、この経(法華経)の夫人と和合して共に是の菩薩の子が生まれる。もし菩薩がこの経を聞く事を得て、もしは一句、もしは一偈、もしは一転、もしは二転、もしは十、もしは百、もしは千、もしは万、もしは億万恒河沙無量無数転すれば、また真理の極理を体現する事が出来なかったとしても、一切の四部八部に尊敬され諸々の大菩薩を以て眷属として、常に諸仏に護念せられ慈愛に覆われるのである。何故なら新たに学んだという故である。」とあり、普賢経には「この大乗経典は諸仏の宝蔵であり十方三世の諸仏の眼目なのである。乃至、三世の諸々の如来の出生する種である、乃至、汝大乗を修行して仏種を断じないように」とある、また「この方等経は是諸仏の眼である。諸仏は是によって五眼を具える事を得て、仏の三種類の体は方等により生じるのである。是は大法印であり涅槃の海に印するのである。この様に海中に能く三種の仏の清浄な体を生み、この三種の体は人天の福田なのである」とあると言います。

ここは引用長く読みづらい部分でもありますが、要は釈迦の二難を考えずとも、法華経の開経である無量義経、また結経である普賢経には、この法華経こそが真実の教えである旨の内容が説かれている事を述べているのです。