自燈明・法燈明のつづり

思いついたら書くブログです

観心本尊抄について(12)-地涌菩薩の出現について

疑つて云く正像二千年の間に地涌千界閻浮提に出現して此の経を流通する

前の部分で法華経末法の弘通は地涌の菩薩へ付属された事を述べていましたが、ここではその地涌の菩薩は正法と像法の二千年間に出現して、法華経を流布していくのかという問いを設けます。

答えて曰く爾らず

その問いに対して、それはないと否定します。

驚いて云く法華経並びに本門は仏の滅後を以て本と為して先ず地涌に之を授与す何ぞ正像に出現して此の経を弘通せざるや

それに対して驚きを以て更に問います。それは法華経の本門は仏の滅後を本時として、まず地涌の菩薩に授与したではないか、何故正法や像法の時代にこの法華経を弘通しないのかと問います。

答えて云く宣べず

これの質問には答えないと言います。これは以降で日蓮の理解した事について重要な事を明かす事を示す文書ではないかと思われます。

重ねて問うて云く如何、答う之を宣べず、又重ねて問う如何、

繰り返し問いそれを否定する事を続けます。

答えて曰く之を宣ぶれば一切世間の諸人威音王仏の末法の如く又我が弟子の中にも粗之を説かば皆誹謗を為す可し黙止せんのみ、求めて云く説かずんば汝慳貧に堕せん、

ここで日蓮の理解した事を述べれば、門下の中にも不信を起こして謗法を為してしまうので言わないと言うのです。

答えて曰く進退惟れ谷れり試みに粗之を説かん、法師品に云く「況んや滅度の後をや」寿量品に云く「今留めて此に在く」分別功徳品に云く「悪世末法の時」薬王品に云く「後の五百歳閻浮提に於て広宣流布せん」涅槃経に云く「譬えば七子あり父母平等ならざるに非ざれども然れども病者に於て心則ち偏に重きが如し」等云云、已前の明鏡を以て仏意を推知するに仏の出世は霊山八年の諸人の為に非ず正像末の人の為なり、又正像二千年の人の為に非ず末法の始め予が如き者の為なり、然れども病者に於いてと云うは滅後法華経誹謗の者を指すなり、「今留在此」とは「於此好色香薬而謂不美」の者を指すなり。

とは言っても進退が極まってしまったので、粗々この事について説くことにする言います。

まず法師品には「況んや滅度の後をや」とあり、寿量品には「今留めて此に在く」とあり、分別功徳品には「悪世末法の時」とあり、薬王品には「後の五百歳閻浮提に於て広宣流布せん」とあります。また涅槃経には「譬えば七子あり父母平等ならざるに非ざれども然れども病者に於て心則ち偏に重きが如し」等とあますが、これ等の経文を明鏡として仏意を推察すると、仏の出世は霊山八年の諸人の為ではなく、正法や像法、そして末法の人の為なのであると言います。又正法や像法の二千年の人の為ではなく、末法の始め、私の様な者の為だと言うのです。そして法華経の病子というのは、釈尊滅後の法華経誹謗の人を指すのであると言い、「今留めて此こに在り」とは「この色や香りの好い薬をしかも不味いという」の者に対しての事であると言います。

地涌千界正像に出でざることは正法一千年の間は小乗権大乗なり機時共に之れ無く四依の大士小権を以て縁と為して在世の下種之を脱せしむ謗多くして熟益を破る可き故に之を説かず例せば在世の前四味の機根の如し、像法の中末に観音薬王南岳天台等と示現し出現して迹門を以て面と為し本門を以て裏と為して百界千如一念三千其の義を尽せり、但理具を論じて事行の南無妙法蓮華経の五字並びに本門の本尊未だ広く之を行ぜず所詮円機有つて円時無き故なり。

地涌千界の菩薩は正法や像法時代に出現しない事は、正法一千年の間は小乗教や権大乗教であり、機根や時が共になく、四依の大士も小乗教や権大乗教を縁として釈迦在世に下種された人を得道させたのだと言います。熟益や脱益を破る事から、法華経を説かずにいた事、例を挙げれば釈尊在世の前四味の機根の様であったからであると言うのです。

像法の中期や末期には観世音菩薩や薬王菩薩が南岳大師や天台大師等として示現し出現して迹門を表として、本門を裏として百界千如や一念三千の義を尽くして、ただ理で具わる事を論じて、事行の南無妙法蓮華経の五字、並びに本門の本尊を未だ広くこれを行事なかったのであると言います。所詮、円機あっても円時が無かったためだと言うのです。

末法の初小を以て大を打ち権を以て実を破し東西共に之を失し天地顛倒せり迹化の四依は隠れて現前せず諸天其の国を棄て之を守護せず、此の時地涌の菩薩始めて世に出現し但妙法蓮華経の五字を以て幼稚に服せしむ「因謗堕悪必因得益」とは是なり、我が弟子之を惟え地涌千界は教主釈尊の初発心の弟子なり寂滅道場に来らず雙林最後にも訪わず不孝の失之れ有り迹門の十四品にも来らず本門の六品には座を立つ但八品の間に来還せり、是くの如き高貴の大菩薩三仏に約束して之を受持す末法の初に出で給わざる可きか、当に知るべし此の四菩薩折伏を現ずる時は賢王と成つて愚王を誡責し摂受を行ずる時は僧と成つて正法を弘持す。

今、末法の初めの時代は小乗教を以て大乗教を打ち、権経を以て実経を破折し、東西という方角も見失い、天地が顛倒した様な状況となっていると言います。その為に迹化の四依の大士は隠れてしまい、現前する事なく、諸天善神は国を捨て去り守護もしないのです。

この様な時に地涌菩薩が初めて出現し、ただ妙法蓮華経の五字を以て幼稚な人々に服させると言い、「謗じ悪に堕ちる因で必らず益を得る因となる」とはこの事であると言います。

我が弟子はこの事を考えなければならないのです。地涌千界の菩薩は教主釈尊の初発心の弟子であり、釈尊の成道する寂滅道場にも来下せず、入滅時の雙林最後にも訪れず、不孝者でもあるのです。迹門十四品にも来る事なく、本門の六品には席を立ち、ただ八品の間だけ釈尊の下に還って来たのです。この様な高貴の大菩薩が三仏に約束してこの法華経を受持したので、末法の初めに出ないはずはないのです。

当に知るべきは、この四菩薩は折伏を現わす時には、賢王となって愚かな王を責め諫め、摂受を行ずる時には僧となって正法を弘め持つと言います。

問うて曰く仏の記文は云何答えて曰く「後の五百歳閻浮提に於て広宣流布せん」と、天台大師記して云く「後の五百歳遠く妙道に沾おわん」妙楽記して云く「末法の初冥利無きにあらず」伝教大師云く「正像稍過ぎ已つて末法太だ近きに有り」等云云、末法太有近の釈は我が時は正時に非ずと云う意なり、伝教大師日本にして末法の始を記して云く「代を語れば像の終り末の初地を尋れば唐の東羯の西人を原れば則ち五濁の生闘諍の時なり経に云く猶多怨嫉況滅度後と此の言良とに以有るなり」此の釈に闘諍の時と云云今、の自界叛逆西海侵逼の二難を指すなり、

ここで仏はどの様に文に記しているのかと問いを設け、それに答えて言うには「後の五百歳に世界に於いて広宣流布するだろう」とあり、天台大師が言うには「後の五百歳、遠く妙道にうるおうだろう」とある。また妙楽大師が言うには「末法の始め、冥利が無いわけではない」とあり、伝教大師が言うには「正法像法が既に過ぎ去って末法は甚だ近くに有り」とある事を言います。

そして末法が甚だ近くにあるという解釈は、我が時(伝教大師の時)はその時ではないという事であり、伝教大師が日本で末法の始めを記すには「時代を語れば像法の末で末法の始め、土地を尋ねれば唐の東で羯(山西省)の西、人物をたずねれば五濁の生まれで闘諍の時であると言い、法華経には猶多怨嫉況滅度後との言葉がありますが、これはまことに意味のある事である」とあると言い、この解釈には闘諍の時とある事を言いますが、これは自壊叛逆難と他国浸逼難の二難を指しているというのです。

此の時地涌千界出現して本門の釈尊を脇士と為す一閻浮提第一の本尊此の国に立つ可し月支震旦に未だ此の本尊有さず、日本国の上宮四天王寺を建立して未だ時来らざれば阿弥陀他方を以て本尊と為す、聖武天皇東大寺を建立す、華厳経の教主なり、未だ法華経の実義を顕さず、伝教大師法華経の実義を顕示す然りと雖も時未だ来らざるの故に東方の鵝王を建立して本門の四菩薩を顕わさず、所詮地涌千界の為に此れを譲り与え給う故なり、此の菩薩仏勅を蒙りて近く大地の下に在り正像に未だ出現せず末法にも又出で来り給わずば大妄語の大士なり、三仏の未来記も亦泡沫に同じ。

この時に地涌千界の菩薩が出現して、本門の釈尊を脇士とする一閻浮提第一の本尊が此の国に立つのであるという事を言います。

それはインドや中国には未だこの本尊を有していないし、日本では聖徳太子四天王寺を建立した時も、未だ時が来ていないので阿弥陀仏や他方の仏を以て本尊としたのであり、聖武天皇東大寺を建立したが、華厳経の教主を本尊としていて、未だ法華経の実義を顕していないのです。

伝教大師はほぼ法華経の実義を顕示したとは言っても、時が未だ来ていない為に東方薬師如来を建立して四菩薩を顕さなかったと言い、所詮、地涌千界の菩薩の為にこれを譲り与え給わった為であると言います。

この菩薩は仏勅を受けて近く大地の下に居て未だ出現していないし、末法にもまた出現しないのであれば大嘘の菩薩であると言い、三仏の未来記もまた泡沫となってしまうだろうと言います。

此れを以て之を惟うに正像に無き大地震大彗星等出来す、此等は金翅鳥修羅竜神等の動変に非ず偏に四大菩薩を出現せしむ可き先兆なるか、天台云く「雨の猛きを見て竜の大なるを知り花の盛なるを見て池の深きことを知る」等云云、妙楽云く「智人は起を知り蛇は自ら蛇を識る」等云云、天晴れぬれば地明かなり法華を識る者は世法を得可きか。

これを以てこの事を考えてみると、正法や像法に無かった大地震や大彗星が出現したが、これは金翅鳥や修羅竜神等の動変ではなく、ひとえに四菩薩が出現するべき前兆なのではなかろうかと言います。

天台大師が言うには「雨の激しさを見て竜が大きい事を知り、花が盛大に咲いているのを見て池が深い事を知る事が出来る」等とありますが、天が晴れれば地が明るくなる様に、法華経を知る人は世間法を知るべきであると言うのです。

一念三千を識らざる者には仏大慈悲を起し五字の内に此の珠を裹み末代幼稚の頚に懸けさしめ給う、四大菩薩の此の人を守護し給わんこと太公周公の文王を摂扶し四皓が恵帝に侍奉せしに異ならざる者なり。

一念三千を知らない者には、仏は大慈悲を起して妙法蓮華経の五字の内に、この珠を包み末代幼稚の人達の首に掛けさせたのであると言い、四菩薩が此の人を守護する事、大公や周公が文王扶け、四皓が惠帝に侍奉した事と同じ様な者であると述べて、観心の本尊抄を締めくくっているのです。