自燈明・法燈明のつづり

思いついたら書くブログです

双子の宇宙論について①

今回は少し都市伝説系の話題を書いてみたいと思います。

前にも書きましたが、今世の中にある都市伝説の中には、中々興味深いものが転がっていますので、私が興味深いと感じた話題について、ここで紹介していきたいと考えています。

◆宇宙人ユミットからの手紙

1993年頃に国内で出版された「宇宙人ユミットからの手紙」(徳間書店)という本があるのを、ご存知の方はいるのでしょうか。

この本の著者は理学博士でフランス国立科学研究所の主任研究員(当時)だったジャン=ピエール・プチ氏です。

この本に書かれている事は、1991年1月15日の日付で、幾人かのスペイン人のところへ「ウンモ星人」を名乗る差出人から手紙が届いたという事から始まっています。

これは湾岸戦争の直前で(湾岸戦争は1991年1月17日に勃発)、その手紙の中では湾岸戦争は巡行ミサイルが使用される事が書かれており、その場合の技術的な問題点について触れられており、標的の優先順位まで指摘されていました。

また武力衝突の起こる確率は98%で1月12日から20日の間に始まるという事も書かれていたそうです。

この手紙をきっかけに、ジャン=ピエール・プチ氏は、それまで届いていたユミット(ウンモ星人)からの手紙を入手していたのですが、その公表に踏み切ったといわれています。

◆ウンモ星人からの手紙

ジャン=ピエール・プチ氏(以降、プチ氏とします)が、このウンモ星人からの手紙を初めて見たのは1974年頃にモーリスという人物に会った事からだと云います。彼はマルセイユ天文台の研究員で、その何年か前にUFOを目撃しましたが、その飛行する様はカモの渡り飛行の様なものでした。このUFOはその後、いきなり方向転換をすると猛スピードで視界から消え去るというものでした。

「一体どういう事なんだろう」。そこでモーリスはクロード・ポエールに連絡を取ったと言います。クロード・ポエールはトゥール―ズ国立宇宙科学研究所の技師であり、当時は探査ロケット部の部長をしていた人物です。彼は以前からUFO目撃情報を大量に入手していて、その膨大なデータを長年に渡って分析する事を趣味にしていたそうです。そして同じ興味を持つ他の国の人達とも交流をしていましたが、その中でバルセロナに住む作家兼ジャーナリストのアントニオ・リベラという人物から、奇妙な手紙の山を貰っていたと言います。ポエールはこのアントニオ・リベラからその手紙の一部をもらい受け、それがモーリスにも送られて来たというのです。

モーリスはその手紙をプチ氏に見せて来たというのです。
(ここまでの流れは少しややこしい感じですね)

プチ氏はそれまでにも、こういった類の文書というのは見た事あったと言いますが、このウンモ星人からの手紙というのは、とても特徴的だったと言います。

まず初めに書き手が冒頭から自分達は異星人だと名乗っている事、彼らは地球から15光年離れた乙女座の中にあるウンモという星から来たという事で、1962年から何人ものスペイン人のところへ手紙が普通郵便で届いているとの事でした。

この時からプチ氏は約2000通を超える手紙を入手して読んできたと言いますが、その内容はとても科学的かつ技術的には興味深い内容が書かれていたと言います。ただこれら手紙の書きっぷりは、どちらかと言うと技術説明書の様な書きっぷりで、恐らく一般の読者であれば飽きてしまう内容であったと言うのです。

これら手紙では彼らの持っている様々な科学技術の内容から、社会生活の状況、また歴史に至るまで書かれていたと言いますが、プチ氏はその手紙の内容を研究し、そこから1975年にはMDH推進装置の実験まで行い、1991年4月に「科学と生命」という雑誌にMDH潜水艦の論文として掲載しました。

この「宇宙人ユミットからの手紙」で興味深いのは、著者がフランスでも実績ある科学者であり、こういった科学的な考証がしっかりと為された内容なのです。

◆最初の滞在について

作家兼ジャーナリストのリベラ氏がポエール氏渡した手紙の中で、かれらウンモ星人が初めて地球に滞在した時の記録について書かれたものがありました。それによると彼らが初めて地球に滞在したのは1950年3月28日と書かれていました。場所は南フランスのデイニュ地方とあり、そこには詳細に確認出来た建造物等の記述もありました。

そこで友人のモーリス氏は「こんどのバカンスでETの事を研究してみないか?」とプチ氏を誘ってきたと言います。そしてプチ氏とモーリス氏の家族は、バカンスを利用してデイニュ地方の散策へと出かけたのですが、この地域の山間部はかなり厳しい場所で、なかなか場所を特定できなかったと言います。しかしデイニュ地方のDASセンター(恵まれない青少年の社会教育施設)の責任者であるジャン=ジャック・パストゥール氏と知り合う事が出来た事で、この調査もかなり進んだと言います。しかし中々場所の特定には至らなかったそうです。

ウンモ星人の手紙では、最初の地球滞在について詳細な事が記述されていたのですが、そこには着陸後に山間部にある洞窟に拠点を構えた事、またその拠点を中心に地元民の家屋に夜中に侵入し、地球人の生活様式を調査した事などが書かれており、そこでは住民に麻酔をかけ、体毛や体液、また組織サンプルの一部を収集すると共に、家にあった現金や置物、またライターから領収書類、果ては電気のメーターまで回収した事が書かれていました。

プチ氏等がこの地域で1950年3月頃に、無いか不可思議な出来事が無いかを、この時に調査すると、山間にある農家で泥棒騒ぎがあった事がわかり、そこでは電気のメータまでもが何故か盗まれたという不思議な事件について、地元の人の記憶に残っていた事が確認されました。

この時のバカンス調査では、凡そかれらが始めた着陸したその位置はわかりましたが、肝心の滞在した洞窟などは発見できなかったそうです。

 

このプチ氏の著書である「宇宙人ユミットからの手紙」は、ウンモ星人から来たという手紙の資料画像なども掲載されていて、ページ数も400ページを超える書籍となっています。また1994年には「宇宙人ユミットからの手紙Ⅱ」も出版されていて、こちらには主に彼らの研究から判明した宇宙空間の事や、彼らの住む星系の話等が紹介されているのですが、中でも本記事の掲題としている「双子の宇宙論」について興味深い内容がありましたので、次回はその内容について書いていきたいと思っています。