自燈明・法燈明のつづり

思いついたら書くブログです

創価学会の役職について(3)-班長の活動

男子部の班長という役職は、家庭訪問というよりも折伏がメインでした。

私の場合、班長と同時に創価班大学校に入校してしまったからかもしれませんが、当時の学会活動の事で、今でも覚えているのは折伏の思いでばかりです。

折伏とは仏教用語で、相手の間違えた考え方を否定して、正しい教えに屈服させるという意味ですが、要は創価学会の教えに従わせるという事と言っても良いでしょう。新規入会者の獲得の活動を創価学会では折伏と呼んでいたのです。

◆当時の創価学会折伏

今では「面接」が必要だとか、手続きで色々な事があると言いますが、当時(平成の初めの頃)には、そんなものはありません。本人がやると言うなら、そのまま寺へ連れて行って「ご受戒」受けて御本尊を受ける事が出来たのです。

ではこの折伏というのは具体的にどの様に進めるのか。これは自分の友人に「仏法対話」をして勧誘する事から始まります。そこでその友人が創価学会をやりたいと言えば入会手続きの上で寺へ連れて行きご受戒し、御本尊を受けとり友人の家に安置します。そしてそこから1年間は、紹介者と言いますが、折伏した学会員の組織に所属して基礎的な事を一緒に取り組みます。そして1年経ったらその友人の住んでいる地域の組織へ移って頂き、その友人は地元の組織で学会活動をする事になります。

◆私の折伏

班長時代の私は創価班大学校の事もあるので、この折伏に明け暮れていました。平日は仕事で中々時間が取れないのですが、土日には友人の処を一生懸命訪問しては仏法対話を繰り返していました。ただ友人に自分が創価学会である事を言うのも大変なんですよね。何故なら「お前、そんな事に嵌ってんの?」と言われ、気まずくなったり、今から考えたら本当に様々な事が、この時にはありました。

中学校時代の同級生、高校時代の同級生、専門学校時代の友人など、恐らく数えたら100人以上は居たと思います。しかしその人間関係は、この時に使い潰してしまった感じがします。

いま落ち着いて考えたら、久しぶりに友達が訪ねて来て、何かと思ったら宗教勧誘だったとなれば、それは友人でも良い気分はしないですよね。

高校生時代の部活の先輩と話した時、その先輩からは「お前の話はお前の言葉で語っていない。お前の言葉で語れるようになったらまた聞いてやる」と言われた事もありました。

当時、私のいた区で同時期に創価班大学校に入ったメンバーは10名ほどいましたが、自分以外は御本尊授与がどんどんと決まっていきます。しかし私だけは一向に御本尊授与の芽すら見えてきません。だから私の処には部長や本部長も張り付き、一緒に友人の処へ行ったり、また友人を合わせたり。また区男子部長なども時間があると、同じ様に付き合ってもくれたのですが、全くの空振りだったのです。

半年ほど経つと、同期の創価班大学校の仲間は全員、御本尊授与1世帯というのはクリアしていましたが、私だけは一向に目星もつかない状況となっていました。

「斎藤はダメだな、彼には御本尊授与は無理だ」

本部長や区男子部長あたりも、その様に言いだしてしまい、私だけ一人、何故これだけ出来ないのか悩む日々が続きました。でもこの時期になると当たる友人の名前もみつかりません。だから土日になるとお題目を唱えるか、御書を読むか、池田氏箴言などを読みながらひたすらお題目だけを唱える日々になっていたのです。

だから一日で五時間とか六時間は仏壇の前で、お題目を唱えてばかりいましたね。

「俺はやっぱり創価班なんてならなければ良いのかな」

そんな事を思う事も度々で、月一回の大学校定例会も、行けば御本尊授与は何時までやるんだ、なんて大学校団長の先輩からも言われたりするので、行きたく無かったのですが、それでもやはり自分で決めたからには行かないと気が済まないので参加はしていました。部活動者会でも最後の話題はその事ばかりで、部長からは「お前どうするんだ?」と言われる日々。

そんなある時、これは今でも覚えているのですが、平日の夜中にお題目を唱えていると、何か腹の奥底から「この一週間で御本尊授与ができるぞ」という確信と言っても良いのでしょうか、何かが沸々と湧き上がってくるのです。理由は判りません。でもそんな思いが湧き上がってきてしまうのです。でも現実に考えると、既に当り先となる友人知人なんて居ないわけです。この感覚には正直大きく戸惑いましたが、もう何だか御本尊授与の事はどうでも良く気にならなくなったのです。

その三日後でしょうか、私の兄の知人で、以前に一度だけ一緒に遊んだ人が「一人暮らししたんだって?」と突然、私のアパートを訪ねてきました。何でも兄に私の住所を聞いて、フラッと私のアパートに遊びに来たそうです。

私も何気なく部屋に上がってもらい、近所のコンビニでビールとおつまみを買ってきて、酒盛りをする事になったのです。するとその人が私の部屋にあるお厨子を見て「これ何よ?」と聞いてくるので、そこから仏法対話となり、気が付いたらその人は「そんな信心なら俺もやってみようかな。」と言い出すのです。いやいやいや、別にやらなくても良いしと思ったのですが、どうやら本人は物凄い興味を持ち始めてしまいました。

結果、後日この人の家(これは隣の県でしたが)を部長と再訪問すると、すんなりそこで入会する事が決まってしまいました。これはとても不可思議な体験として、今でも鮮明に覚えています。

◆信仰体験としての折伏

当時の私は「この御本尊は祈って叶わない事は無いんだな」と、この折伏体験で実感しましたし、何故かこの折伏が出来てからですが、仕事場でも一つの大きな責任あるポジションに付く事が出来て、そこから私のその後のIT業界の仕事の流れにも通じていく事になったのです。

また仏法対話と言いますが、この折伏期間を通しての経験から、人へ説明する際の話し方とか、あとはストレスに対する耐性は格段に上がったと思います。

ただそんな私も十数年前にこの創価学会の活動を止めて、組織からも外れています。では創価学会の信仰体験を全て否定するのかというと、それらを全て完全否定する気にはなっていません。私はこの班長時代の体験以外にも、男子部で活動する中で様々な信仰体験を経験してきました。また逆に祈っても思う通りに行かない状況も多く経験する事が出来たのです。

そこから思うのは、華厳経にある「心如工画師」という言葉、これは「心は工みなる画師の如し」という言葉ですが、恐らく人というのは、余計な雑念を払い、純粋に自分でこうなって行きたい、こうして行きたい、という思いを持てば、その思いというのは「形にする」という能力は持ち合わせていると思うのです。そしてこの能力の発現は、何も創価学会の信仰に限った話でも無いのです。

これはある意味で物凄い人間としての潜在能力だと思いますが、様々な経験から思ったのは、逆にこういった能力に振り回され、一つの物事に執着したり、自分自身を信じられなくなったりして、人生の生き方を誤る事が無いようにする事、それが一番大事。こう最近になって考える様になりました。