自燈明・法燈明のつづり

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創価学会の役職について(8)-部長の事①

創価学会の役職について書いてみます。

前回は地区リーダーであり、創価班での運営や広宣部の事も書かせてもらいました。

私は21歳から地区リーダーを5年ほどやりました。年齢にすれば21歳から26歳までの5年間です。この地区リーダーの期間は、当時の地元組織では3年前後で部幹部(副部長か部長)に上がるのですが、私の場合には、当時若かった事もあって5年間という長期の期間になったと思われます。

当時の支部は4地区ありましたが、私は5年間でこのうち3地区の地区リーダーを行いました。いわゆる支部内派遣の人事ですね。その中で最初の地区では私と一緒に班長で活動していたメンバーが地区リーダーとなり、彼も若い地区リーダとして頑張っていました。

仕事の方はと言えば、23歳で知人の会社から声を掛けられ転職し、そこに仲間を巻き込み自分達の事務所を立ち上げ、そこで事務所の責任者として仕事をする事にもなっていました。当時の仕事はシステム開発でしたので、立ち位置的には開発室分室という感じで5人程度の事務所でしたが、周辺で手ごろなマンションの一室を借りて機材を持ち込み、自分達である程度切り盛りをして仕事をしていました。

ちなみにこの転職の際、仕事の事は自分で決断すると決めていたので、男子部の先輩(部長)には何も相談もせずに決めましたが、これは先輩から叱られましたね。先輩は「斎藤はな、営業をやるべきなんだ!何故勝手に転職を決めたんだ!」なんて言っていましたが、男たる者、自分の生涯の仕事は自分で決断できなくてどうするんだと考えていたので、そこは反論しましたね。

その事から前職と比較して、時間もかなり融通が利く様になったので、創価班で会館運営のある日には、17時過ぎには会館に入る事も出来る様になっていたのです。

地区リーダーも5年ほどやるとこなれて来ていたので、当時は部員を連れてスキーに行ったり、職場の仲間とバーベキューしたりと、かなり時間を上手く使いながらも、学会活動以外にも楽しくしていました。

◆部長からの呼び出し

私が初めて地区リーダーになった時の部長。この人はこの当時、本部長になっていました。そして地元で私の先輩の人がその後を受けて部長をしていました。(最初の部長は派遣でした)

ちょっとややこしいですね。

ここで当時の組織体制について再度説明します。

創価学会の組織の最末端は、当時「ブロック」と呼んでいました。世帯数にすると20世帯未満ですね。壮年部と婦人部の活動家が数名程度の組織です。そしてこの「ブロック」が3~4ブロックで構成された組織を「地区」と呼んでいました。地域的な範囲は自治会程度の範囲ですが、このレベルで数十世帯の組織になります。

創価学会として組織活動の最小単位はこの「地区」が基本となりますが、男子部では地区の統監数として20名~30名程度となり、活動家数は数名(5名前後)なので、地区リーダーがその責任者となり、壮年部や婦人部と協力しつつ活動を進めていました。

そしてこの「地区」が4~5地区まとまった単位を「支部」と呼んでいます。地域的な大きさで言えば、小さい規模の連合自治会程度と思ってもらっても良いでしょう。この支部になると創価学会の世帯数から言えば150世帯前後になるのかな。そこで壮年部の責任者は支部長と呼ばれ、婦人部は支部婦人部長と呼ばれましたが、男子部の責任者は部長と呼ばれていました。

壮年部や婦人部で支部長や支部婦人部長という立場は、地区の取りまとめ役でしたが、男子部では部長はまさに「前線指揮官」の様な立ち位置になります。

統監的には100名前後の部員が居て、その中で地区リーダーや班長を含めて活動家の人数は当時で15名前後になります。「自分は創価学会員だ」という認識しているレベルの部員を数えたら30名程度の組織です。

そして男子部の活動は区や県から方向性が来ますが、そこから具体的に支部の目標を設定し、具体的に日常の活動に落とす事は部長が行わなければならないのです。例えば活動者会を何時やるのか、そしてその内容はどうするのか。あと定期的な活動、例えば地区リーダー会は何時やって、そこで具体的に地区ごとにどの様な目標設定をさせたら良いのか。拠点活動はやるのか、やらないのか。また支部(男子部では部と呼んでいましたが)の目標値を具体的にどの様に完遂させるのか、などなど。考える事ややる事は多岐に渡ります。

そればかりではありません。

壮年部や婦人部からの注文もあったり、支部協議会では司会進行も部長の役割とされていました。また男子部でも区や本部から常に確認が入ったり、場合によっては緊急連絡が入ったりします。また支部内の男子部で問題があれば、真っ先に連絡が入るのも部長なのです。そして時にはそこで即決判断する必要にも迫られます。

当時は「ポケットベル」が普及していたので、こういった事から部長のポケベルは常に鳴りっぱなしになります。だから1年365日、下手すれば24時間緊張を強いられる立場。それが男子部の部長なのです。

私は5年間、地区リーダーをやっていましたが、最初の部長、そしてその後を受けた先輩である次の部長の姿を傍で見ていましたが、「こんな役職なんて、絶対にやりたくねぇ」と心底思っていました。

そんなある時、部長から夜中に自宅に呼び出されました。

そこで言われたのは「次の人事で斎藤、お前がこの支部の部長になるから」という言葉でした。これを聞いた時には正直勘弁して欲しいと思いました。1年365日24時間、常に組織に関与しなければならないなんて、まっぴらごめんでした。何かに付けて責任問われ、支部内の様々な人から色々言われる立場なんて、私が一番いやな立場です。

「嫌です。他の人にしてくださいよ。あ、、〇〇さん(私の先輩で地区リーダーが長い人)もいるじゃないですか、彼に声を掛けてください」

そういうと部長は「ダメだ、これは区男子部長からの直接指名人事なんだ」

「へぇ!?」言っている事が良く解らないので、そこを部長に聞くと、何でも私が最初に地区リーダーになった時の部長、この人は当時本部長でしたが、その先輩が次期の区男子部長になるとかで、そして目の前の今の部長は本部内の派遣で、隣の支部の男子部の部長になるらしく。その為にも玉突き人事ではありませんが、私にこの区男子部長は私の支部の部長として私に「白羽の矢」を立てて来たと言うのです。

いやぁ、、正直本当に勘弁してほしかったのですが、「お前が拒否すると、本部や区の体制にも影響するからあきらめろ!」と言われてしまい、あきらめて部長を受ける事にしたのです。

創価学会って人材の宝庫では無かったのか?

その後、区男子部長の面接と県男子部長の面接を受けて、1か月後には部長の任命を受けてしまう事になりました。

ただでさえ仕事も多忙なのに、これで学会活動で時間を取られたら、私はいったいどこで遊べば良いんだ。それが率直な当時の感想だったのです。