
前の記事では副本部長になった事を書きましたが、今回は創価班で区広宣部長になった時の事を書いてみます。
創価学会で本部幹部以上の人事は、聖教新聞の方面版のページで「人事紹介」として紹介されます。しかし創価班の広宣部長という名称で発表される事はありません。一応、当時の組織内では「影の組織」として扱われていました。
私についても聖教新聞の地方版の人事発表では「副本部長」と「創価班区副委員長」とだけ紹介されていたのです。
◆区広宣部長
区広宣部長になると、対論現場にあまり出る事は無くなります。
ちょっと話は前後しますが、区広宣部長の際には総々県の面接があり、県の中心会館で面接が行われる事になっていました。私が会館に行くと、そこには総々県広宣局長が居て「あれ?斎藤、お前今日はなんで来たんだ?」と聞かれたので「人事面接です」と答えると、広宣局長からは「まさかお前、広宣部を抜けるんじゃないだろうな?」と言われたので「いやいや、区広宣部長ですよ」と答えると「そうか~」と笑顔で送り出してくれました。
あれ、区幹部人事は総々県の幹部はしらないのかな?
これが当時思った事でした。
この総々県面接では、総々県副委員長が担当で面接していましたが、そういう事もあるんでしょうね。
また区広宣部長と同時に、区教宣部企画室長という、何かわけの解らない役職にも着きました。こちらの方は区の壮年部と婦人部には教宣部長というのがいて、区で定期的に壮年部や婦人部の支部以上の教宣部員を集めて、教宣部長会を行い情報共有をしていたのですが、その司会進行や事務役の様な立ち位置の事をしていました。
教宣部員会では区内の脱会者の動向や、主に法華講員の動向について、支部から詳細な情報が上がってきますので、それら情報を取りまとめていたのです。
また区広宣部長になると、顕正会や法華講に関して様々な事も連絡や相談が壮年・婦人・男子・女子部から上がってきます。その内容を確認して、区男子部長や区創価班委員長と連携を取りながら、区の広宣部員に対して指示するなど、対応の手筈を整えます。その為に土日であっても、結構な頻度で携帯電話が鳴ったりしていました。
あとは月1~2回程度、区広宣部員会の開催し、そこでは教学研鑽や模擬対論などを行うなど、区内の広宣部員へレベルアップへ向けた取り組みなども行いました。
また県広宣部長からは、地元寺院の「御講」などが開催された場合には、それぞれ曜日で担当区が決まっていたので連絡が来ました。その時には私自身を筆頭に担当し、その寺院への人の出入りの確認なども行っていました。
これは寺院の正面玄関が見える範囲で車を止めて、望遠レンズが着いたカメラ等を使って撮影を行うという事もありましたし、単に双眼鏡を使い目視で出入りの人数の確認というのもありました。
これらの事を、組織の部長・副本部長をしながらやっていたんですから、プライベートの時間なんて、ほぼ無いに等しかったですね。
全く良くやっていたもんです。
◆顕正会による拉致事案
私が広宣部長をしていた時、顕正会による拉致が起きた事がありました。
それは区内の男子部からの相談で来たのですが、男子部の友人、この友人は学会員ではありませんが、その友人の彼女が顕正会にしつこく絡まれているので相談に乗ってほしいという事で、友人から相談され、それで男子部が私の処へ相談に来たというものでした。
さっそく相談を受けた日の夕方に、最寄り駅のマクドナルドで会いましょうという事になり、駅周辺で私と男子部でその友人と待ち合わせをしました。ほどなく男子部の友人が来て、その絡まれた彼女ももうすぐ来るというので待っていました。しかし待ち合わせ時間を10分ほど経っても一向に彼女が現れません。
そこで友人に「彼女に確認してみたら?」と言い、友人が彼女に携帯電話に連絡すると、何やら変でした。聞くと彼女がちょうど会社から出た処だったそうですが、「嫌だ!やめて!」と言う言葉で電話が切られてしまったとの事。何でも電話を掛けた時、会社の出口付近に白いワンボックスが止まっていたのを彼女が見て、友人は彼女に速足で逃げる様に彼女に言ったそうですが、その直後にワンボックス内に連れ込まれたらしいというのです。
そこで友人に了承をとって、私が友人の携帯電話の発信履歴から何度か電話しても、呼出し音は鳴るのですが、何度電話しても出ません。そこでしつこく掛けると、漸くだれかが出てましたが、それは女性の声でした。
「もしもし・・・」
私は「〇〇さんですか?」と問いかけるも相手は無言、そしてそのまま電話はきられてしまい、その後何度かけても呼び出し音に出る事はありません。
「もしかして、拉致されれたのかも」
最悪の状況を考えましたが、こうなってはどうにもなりません。そこで友人には彼女と連絡を取り続ける事をお願いし、もし連絡が取れた段階で再度、相談に乗る事にしたのです。友人には私の携帯電話の番号を伝えて、何時でも良いから何かあったら連絡くれる様に云い、その日は解散しました。友人は終始暗い表情で心配した表情のままだったのです。
当たり前ですよね。。
その翌日の夕方に、男子部を通じて再度の連絡が入りました。それは友人が彼女と連絡が取れたとの事でした。そこで内容を確認すると以下の事を聞かせてくれました。
彼女の職場には女性の顕正会員がいて、何かに付けて勧誘してくるので、それがしつこかった事から、彼氏を通じて男子部に相談をしていたそうです。
そしてあの日は会社を出ると、出口から少し離れた場所に白いワンボックスカーが停まっていたので、それから離れて最寄りの駅に急ぎ歩いていた時、ワンボックスカーから数名の男性が飛び出して来て彼女を車に押し込み連れ去られたというのです。
車に入ると携帯電話は取り上げられてしまい、そこで目隠しをされてしまったとの事。どうやら車内には同じ職場にいた女性も居たそうで、電話が幾度かなった時、その女性が電話を受けたそうです。
私が話をしたのは、その女性だったんですね。
その後、「何処へ連れて行くのか」を聞いたところ、顕正会の事務所へ一緒に行く事を言われ車で一時間ほど走ったそうです。そしてどこかで車は一旦停まり、そこで目隠しを外されると、そこは何処かのコンビニエンスストアの駐車場で、そこで彼女は「おトイレに行きたい」というと、車から降ろしてくれたそうで、その一瞬の空きをついて逃げ出す事が出来たと言います。
その後、彼女が歩きながら確認すると、そこは東京都の辰巳周辺だった事が分かったそうで、携帯電話は車の中に残してきてしまいましたが、幸いにバックは持っていたので、その日の深夜に何とか自宅まで帰宅できたそうです。
これは本当の話であれば誘拐拉致事件。警察に告発すれば刑事事件となる事案です。
私は早速その友人に「彼女を連れて最寄りの警察署へ行き、被害届を出そう」と言いましたが、彼女は拉致によって強い恐怖心を感じていたそうで、それ以降、会社も休んでいる状態だと言うのです。そして「私の事はもう放って置いて欲しい」との事でしたので、そこで警察に行く事は止めにしました。ただしこの先、彼女が落ち着いて、もし警察に相談できる状況になったら、いつでも連絡貰えれば相談に乗れる事をその友人には伝えてこの件は一旦終了にしました。
その後、この件について私の所へは相談もなく、どうなったのか判りませんが、こんな事が実際に起きていたのです。
当時はオウム真理教でも拉致については問題になっていましたが、顕正会でも同様な事を行っていました。それはこの事をさかのぼる事数年前。1993年3月には高校生を顕正会員が拉致監禁し、その高校生に暴行を加えて失明させる事件も起きていました。この「カルト宗教」である顕正会の危険性についても、この事で私自身、認識を新たにした事案でもありました。