自燈明・法燈明のつづり

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戦後八十年で戦争を忘れた日本という国

高市総理が2025年11月7日に、予算委員会立憲民主党岡田克也氏との質疑の中で行った「台湾有事に関する発言」を巡り、現在でも中国との間で様々な議論を巻き起こしており、その収束の道筋は全く見えておりません。

この高市総理の発言の中の「存立危機事態」という言葉ですが、これは2015年に成立した安保法制の一環として制定された事態対処法の中で用いられた言葉であり、「日本が攻撃を受けた場合と同様な深刻、重大な被害を受ける場合が明らかな場合」を指す言葉と言われています。

そしてこの2015年の安保法制とは集団的自衛権による武力行使を定めていますが、私はそもそも現行憲法の中で解釈できるのは「個別的自衛権」を認める事が精一杯であって、そもそも集団的自衛権は認められていないと考えています。

そういう意味では2015年の安保法制では「限定的な集団的自衛権の行使」を認める内容となっていますが、それは現行憲法からは逸脱していると思います。この事は慶応大学名誉教授の小林節教授も主張していますが、私はその考え方を支持しているのです。

日本国は法治国家の原則で成り立つのであれば、やはり憲法の空文化は本来避けられるべきなのです。

◆そもそもの矛盾

現在の日本国憲法は、太平洋戦争で日本が敗戦国となり武装解除された後の1946年1月に「松本委員会案」がGHQ(連合国総司令部)に提出されました。しかしその内容はあまりに現状維持的で保守的であるとGHQから拒否されました。要はGHQから見たら大日本帝国憲法と、あまり差が無かったという事だったのでしょう。

その後、日本側からの明確な案が出てこなかった事もあって、同年2月に最高司令官のマッカーサー元帥から憲法改正の基本原則(マッカーサー三原則)が日本政府に示され、それに基づきGHQによる憲法草庵が起草されました。

そのGHQ草庵を元に日本政府が修正案を作成し、それが政府案として国会に提出され、審議・修正をへて1946年11月に公布され、翌1947年5月3日に現在の憲法は施行されたのです。

日本国憲法は確かに当時としては勝れた内容だと思いますが、しかし憲法9条にある様な「戦争放棄」「軍事力放棄」は、現在の人類文明の国際社会において、国家として自主独立の為には時期尚早だったのではないでしょうか。

マッカーサー三原則で定めた「2. 戦争の放棄と戦力不保持。」という原則は、そもそも1945年8月に日本が受諾したポツダム宣言の「軍国主義の除去」「武装解除」「戦争遂行能力の破壊」を現実的に日本という国に根付かせる為、また日本の占領政策の柱として考えられた事であり、一部には立て続いて起きた二回の世界大戦の中で、マッカーサーが考えていた理想の姿を求めたものだったという話しもありました。

しかし第二次世界大戦直後から、世界はアメリカとソビエト連邦の間で冷戦が影を見せ始め、極東アジアでも中国共産党の勢力拡大と、北朝鮮の共産化も見え始める中で、アジア全体の共産化が危惧され始めてきました。

1951年9月9日に日本はサンフランシスコ講和条約に於いて主権を回復したと言われますが、この講和会議ではソビエト連邦ポーランドチェコスロバキアは署名を拒否し、インド、ユーゴスラビアは不参加、中国に至っては内戦により中華人民共和国中華民国の間で代表権が決定していないので招待はされていません。

またサンフランシスコ講和会議の前年には、朝鮮半島で国連軍と北朝鮮、そして中国義勇兵との間で戦争が勃発しており、これは1953年7月まで続いていました。

当時の日本周辺の極東アジアも実にきな臭い状態になり始めている中で、昭和天皇は戦後日本の安全保障に強い関心を持ち、日本の防衛を確保する為に日本の国家主権回復後に、アメリカ軍の継続駐留を望んだとされています。

要は成立した日本国憲法では「戦争放棄」「軍事力放棄」を定めているので、日本の国家を護る手立てを、戦後の日本国として持つ事は許されていなかったのですから、この昭和天皇の望みというのは、きわめて現実的なお考えだったと思うのです。

実は朝鮮戦争勃発時、マッカーサー司令官は日本の再軍備に慎重だったと言われていますが、戦局の悪化と共に在日米軍の戦力不足もあった事から、この方針を転換して日本に創設されたのが警察予備隊自衛隊)でした。

要は1946年当時に「一つの理想」として掲げた「戦争放棄」「軍事力放棄」は、僅か五年ほど経ってほころび始めたと言ってもいいでしょう。

要は国際社会では、国を護るために軍事力は必要であり、戦争という行為も一方が放棄したからと言って、それで防げるという代物では無かったのです。

◆戦後八十年の安逸の中で

しかし戦後の日本では、こういった国際社会の現実を受け入れる眼を持つことが出来ませんでした。その後のベトナム戦争では、アメリカの要請という事で韓国軍もベトナム戦争に参加をしましたが、日本はと言えば日本国憲法の第9条で「戦争放棄」「軍事力放棄」を詠っている事から、このベトナム戦争に関与せずに済みました。むしろ日本はアメリカ軍の下で、朝鮮戦争ベトナム戦争で、それぞれ特需景気が発生し、戦争の現実を知らずに経済発展に邁進していきました。

また憲法9条さえあれば、「戦争放棄」「軍事力放棄」によって日本国は戦争に巻き込まれずに済むという幻想が、この安逸で経済発展に邁進する社会の中、それは日本国民の中で確信として根付いて行ってしまいました。そしてこの幻想を根付かせる事に、大いに貢献したのは日教組を始めとする戦後の日本のリベラル勢ではなかったでしょうか。

 

しかし昭和の時代も過ぎて、平成の御代になると、平成4年に日本はカンボジアPKO(国連平和維持活動)に関わる様になっていきます。要は経済的な大国であれば、国際社会の中でも現実的な行動を求められてきたと言う事なのでしょう。

このカンボジアPKOには陸上自衛隊600名、文民警察官75名、その他文民職員などが派遣されましたが、そこで明らかになったのは、自衛隊は国際的には軍隊として機能できない現実です。

当時のカンボジアにはクメール・ルージュ等の残党もいた事から、各国では軍隊をPKO部隊として派遣をしていました。世界の軍隊とは国際法上で動ける組織であり、国内法とは別の各国の軍司法の下で動ける組織であり、そこには当然「集団的自衛権」の行使が可能な組織です。

しかし日本の自衛隊はあくまでも国内法に縛られた組織であり、例え海外の任務で友好国の軍隊が攻撃にさらされたとしても、それに自衛隊は加勢する事すら出来ません。また現地で「敵兵」に遭遇しても、反撃の結果、敵兵を殺害した場合には、その行為を行った自衛官は国内法により「殺人罪」で裁判を受ける事になってしまいます。

またそれ以降も、例えばイラク戦争多国籍軍に参加をし、またゴラン高原PKO活動など、日本が国際的に活動する事が求められる事が増えていくにも関わらず、こうしたある意味での「軍事活動の国際的スタンダード化」を日本は行う事ができなかったのです。

その原因とは一体なんだったのでしょうか。

 

一つ目は言わずとしれた「日本国憲法」の抱える問題。

二つ目は戦後八十年の長きにわたる安逸の中で、日本は戦争を直視せずに発展を遂げて来た現実

 

私はこの二つこそ、今の日本の安全保障に足かせとなっている事だと思うのです。

日本人のローカルな認識はともかくとして、国際社会では第二次世界大戦後も、各国の自国の安全保障の原理原則は何も変化をしておりません。要は何かと言えば、各国では戦争を直視した国家として未だに存立しているのです。だから各国には軍隊があり、軍事施設があり、主要国であれば各国の大使館には駐在武官というのが存在しているのです。

また国連(連合国)では安全保障理事会が中心の会議体として存在しているではありませんか。

日本は戦後八十年の間、この憲法の持つ矛盾について正面から考える事もなく、ここまで来てしまったのです。

そもそも自国の安全保障を、アメリカ軍に依存している現実すら、多くの国民は理解も出来なくなってしまっているのです。

北朝鮮拉致被害者が、その解決をアメリカ大統領に懇願する姿、おかしいとはおもいませんか?

自国民が北朝鮮に拉致されているのは、日本国なんですけどね。

 

◆ここでのまとめ

私は集団的自衛権には反対だと言いましたが、日本国にとって実は集団的自衛権は必要不可欠だと思っています。そしてその為にも本来あるべき手段として、憲法改正は必要であるという立ち位置に居ます。

憲法では「戦争」をしっかり規定し、「軍事力」もしっかり明記し、シビリアンコントロール文民統制)の原則も明記すべきです。そしてその上で、集団的自衛権を持ち、存立危機事態に纏わる事もしっかりと議論できる国としてあるべきなのです。

しかしこの「軍事」については日本人の中には、高齢者層のリベラルな人たちを中心にしたアレルギーが根強くあります。これは戦後八十年にわたる日教組を始めとした教育にも問題があった事なのでしょう。

戦後八十年の大半は「冷戦構造」の中なので、何とか日本も生き抜いて来れましたが、冷戦が終結した後、2022年から始まったウクライナ戦争では、大国ロシアが武力を持って国境線の改変に乗り出しました。そしてそこに中国も同調しています。そしてその中国は南シナ海の実効支配に乗り出したり、近年では軍事力を強大化しています。

日本を取り巻く安全保障の環境は、既に大きく変化をしているので、日本人としてもこの現実にしっかりと目を向けなければならない時代に来ているのではないでしょうか。

 

そして高市総理の発言の余波は、その事を日本人に突き付けてきている様に、私は思えてならないのです。