自燈明・法燈明のつづり

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創価学会の役職について(11)-本部長時代

今回は創価学会の役職の話をします。

副本部長兼任部長という立場は、約1年間で終了しました。

実は地元の創価学会の組織割の改変があって、それまで3本部15支部体制から4本部17支部体制となりました。またそれに合わせて本部長が区で1名増員となった事もあり、それまで私の本部の本部長は隣の本部へ派遣となり、私が本部長に任命されるという事になったのです。

またそれまでは副本部長も複数名いたのですが、組織改編によってこの副本部長人事も区内の各本部で濃淡が出来てしまいました。

要は本部によっては3~4名の副本部長がいて、その多くが兼任ではない専任の副本部長です。

しかし私の本部では、副本部長が1名新たに任命されたのですが、その副本部長は部長兼任で、実態としては本部長1名で部長5名(うち1名が副本部長兼任)という組織体制でした。

本部になると、事務的な事も多くなるので、これは何かと不便でしたね。

実は私も立場に立って解ったのですが、この当時の男子部の本部長というのは実体がある様で無い立場だったのです。

前にも書きましたが男子部の活動とは、区男子部長が区としての方針を示し、その方針の許で各支部の部長が、具体的に活動内容を考えて行います。

では本部長とは何なのか。

これは本部という組織の責任者に見えますが、実態としては区副書記長に近い存在だと私は感じました。要は事務的な事が結構メインな取り組みになってきます。

報告の集計や、各支部毎に活動状況の掌握を行うのが主な役割で、選挙期間や折伏期間になると、毎日報告する事があるので、その集計作業にかなり時間を取られてしまいます。ここに副本部長がいたら、副本部長にお願いすれば良いのですが、私が本部長になった本部には副本部長は部長兼任が1名です。

私が副本部長兼任部長の時には、何かと事務的な事もぶん投げられてきましたが、まさか部長兼任をそこまでやらせる気にはなれません。(自分も1年間そうでしたからね)

そんな感じで本部長とは実に歯がゆい立場でもあったのです。

◆部長代理

そんな中で、ある支部の部長が仕事で急遽出張に行くと相談があり、私に不在期間の間、支部の男子部のフォローをしてほしい旨、連絡がありました。

ちょうどこれが折伏期間で、支部では部の拠点を週3回設定されていました。だからせめて拠点だけでも参加して、部員や地区リーダーの状況を聞いて動かそうと、その支部に重点的に入り動いていました。

すると22時過ぎの事。拠点は21時からだったので、その最中に区書記長から携帯電話に連絡が入ってきました。

「斎藤、お前いまどこにいるんだ?」

そこで事情を説明すると、この区書記長は烈火の如く怒り出しました。

「お前が部長みたいな事やってどうすんだよ!ふざけんなよ!そんな事より早く本部の報告をまとめてだせ!」

お得意の電話ガチャ切り。

ちなみにこの区書記長は学会本部の職員でした。
まあ確かに部長の代わりに一つの支部に入り込むと、本部として俯瞰する事は難しくなります。しかし部長とて、この様な時期に仕事で組織を離れると心配だろうし、部のメンバーについてもせっかく時間で集まっているのに、部長が居なくなると支部の動きが止まってしまいます。

この時には区書記長の言葉は敢えて無視をしました。でも結果、本部の報告は深夜0時前になってしまっていたので、区執行会議では毎回お小言を書記長からもらう事になりました。

 

あと人事面接で地区リーダーや班長の人事面接も対応しなければなりません。

これは区から人事選考の打ち出しと、部長以上の人事案が出て来るので、そこで地区幹部で空きが出る場合には、その後継の地区幹部について部長と打ち合わせを行い、地区リーダー面接を行います。またこの時には同時に逐次班長人事の面接も行うのです。

人事面接なんて言っても、実はやり方のマニュアルなんてありません。過去の自分の経験と、私が重要視したのは仕事や家庭の状況を小まめに確認させてもらいました。

やはり男子部で地区リーダーをやるのであれば、仕事はしっかりと取り組んでいるメンバーであるべきだし、家庭内では特に夫婦関係(奥さんの学会活動への理解度)も確認する事がとても重要な事なのです。

私の時には、基本的に部長とすり合わせた内容で、面接でダメ出しする事はありませんでした。でも考えてみれば私が班長や地区リーダーの本部長面接というのも、こんな感じでやっていたんだと、妙に懐かしい感じにも思いました。

面接が終わると人事申請書を作成し、壮年・婦人・女子の本部長のハンコを貰って区に提出します。その時、面接で気になった処はメモで区へ上げる事にもなっていました。

◆企画室

また地方選挙の期間になると、区内では「企画室」が立ち上がります。これは簡単に言えば「裏選対」みたいなものですね。

そして本部長はと言うと、毎晩21時には企画室に来るように言われます。

そこには壮年・婦人・男子・女子の本部幹部以上が集まり、区長や偶に県長なども来て、日々選挙の動向を見ながら選挙への動きを検討するのです。部長という立場であれば部員と共に日々の活動に動くのですが、本部長となると「現場の活動」よりも組織の動きに重点が置かれ、こんな事がとても多くなるのです。

偶に「小田原評定」の様に、何のために集まり打ち合わせをしているのか、解らなくなる様な事もありました。

 

また本部長になると、選挙期間の遊説カーの「車長」になる事もあります。

これは早朝6時前に企画室に集まり、当時の遊説のウグイス嬢は女子部が行っていましたが、このウグイス嬢の責任者は区女子部長だったり、県主任部長が来ます。

「車長」は何をするかというと、遊説カーは回るコースが決まっているので、ドライバー(男子部)とペアになりルートを確認しながら、遊説の動きを時間通りに進めるのが役割です。時間によっては、決められた場所で候補者と落ち合い、遊説カーに同乗して回る事もあるので、この時間通りの運行というのが結構肝だったりするのです。

私が「車長」をやって判った事は、遊説カーの中は「修羅場」になるという事です。

遊説責任者の女子部幹部の資質にもよるのでしょうが、私の時にはとある女子部の県主任部長(だいたい30代後半)が結構ヒステリックに「キーキー」騒いでおり、ウグイス嬢の女子部なんかは緊張しまくりで、こりゃ大変なんだなとドライバーと一緒にこの状況を見ていました。

そしてウグイス嬢が午前中メンバーから午後のメンバーに交代した後、ちょっとした騒ぎが起こりました。

選挙でウグイス嬢をする時には、選挙管理委員会の腕章が必要なのですが、予備の腕章が一つ足りないと、県主任部長が車内の女子部に叱りつけながら探しているのです。

「先ほど交代したメンバーの一人が着けたまま降りたのでは?」

私は落ち着きながら県主任部長に言いましたが「何を言っているの?そんなはず無いじゃない!どうしよう・・・」、もう県主任部長も憔悴しきりで居ました。

「まあまあ落ち着いて。後で交代メンバーにも連絡を取って探せば良いでしょう。それより午後もあるんだから落ち着きましょうよ」

そう言うと、とりあえず県主任部長はプリプリ怒りながらも遊説の活動をつづけました。

その後、とある場所で知り合いの女子部が役員に居たのですが、その女子部から言われたのが、どうやら県主任部長の私への評価は「緊張感がまるで無い!のほほんとしたダメな車長」という事だと聞きました。

まあ全員がピリピリしていては、遊説カーに乗っているウグイス嬢も辛かろうと、何かと韜晦していたのですが、県主任部長にはそれがお気に召さなかった様です。

結局この日、一日の遊説活動が終わった後、交代した女子部のメンバーに確認したところ、腕章が見つかったので事なきを得ましたが、こういう感じで遊説カーも何かと大変な場所なんですよね。

 

あとあったのが選挙期間中には地元の各種団体にも、候補者に成り代わり、候補者の支援組織の責任者として団体に挨拶回りなども行いました。例えば「〇〇さんを励ます会」なんて作ったりするのですが、その地域の責任者を名乗り、その団体の会合に出席して挨拶する、なんていう事もやりましたね。

 

まあ本部長というのは、ざっくりとこんな感じで取り組みました。

ただ私の男子部時代の記憶の中では、この本部長とは結構薄い記憶でしかありません。また部長までは「男子部」の顔を見ながら学会活動をしてきましたが、さすがに統監で400名、うち活動家で100名を超える様になると、そこに部員の「顔」が見えなくなってくるのです。そしてどちらかと言うと「地区」とか「支部」という、組織のマスで考える必要も出て来るのが、この本部長という立場の特徴だったと今から思い返すと感じる事が多くありました。