
私が区男子部長をしていた期間は1年に満たないものでした。
それは今から二十年以上も前の事であり、いま改めて思い返すと日々お祭りの様に、ひたすら組織活動に踊り狂っていた時期の様に感じます。
ただ改めてその僅かな記憶を掘り返してみると、様々な事を感じたりしますが、その事について幾つか書いていきたいと思います。
◆区男子部長の権威
これは初めに感じた事で、区書記長という立場とは違う意味で、この区男子部長というのは実に権威を持った役職でもあったのです。
ではどの様な事があったのか。
一つ目には妙に気を使われてしまう事でしょか。
例えば部長に呼ばれて男子部の支部活動者会に行ったとします。すると部長はやけに緊張していたりして、変に私を持ち上げる言葉を言うのです。
「本日は斎藤区男子部長に入っていただいていますので、皆でガッチリと呼吸を合わせて行きたいと思います」
この「入っていただく」という言葉。
私はそんな大層な人物でも無いし、区男子部長なんていう立場は大した事なんてないんですけどね。でも支部の男子部員からしたら、何時も自分達を面倒みてくれている男子部の部長がそれほど気を遣う人物なんだという感じで見られたりもしました。また地区リーダーにしても本部長の上に鎮座まします区男子部長は、どうも殿上人の様に感じている人もいたりしたのです。
まあ、私の出身の支部や本部の男子部では、そんな雰囲気はありませんが、区男子部長になると、私が今まで合った事の無い部員や地区リーダなども多くいたので、そういった妙な視点も出て来るのでしょう。
また座談会に出席すると、壮年部や婦人部からかなり気を使われます。
「本日は区男子部長に来ていただいていますので云々・・」
私はそんな持ち上げられる存在なんかでは無いのです。
この事について、例えば地区リーダーや班長と家庭訪問した時にも感じた事があります。
私は支部の活動者会に参加する前、出来るだけ地区リーダーや班長と、その支部の男子部の家庭訪問をさせて頂きました。そうでもしないと区内の男子部の訪問は出来ません。そもそんな時に私が閉口したのは、以下の様なパターンです。
まず地区リーダーが男子部の家に案内してくれますが、そしてその道すがらに、その男子部の状況を教えてくれたりします。それは家庭で問題があったり、仕事で問題があったり。場合によっては最近になり活動を始めた人も居れば、極端なアンチ創価学会の部員などもいました。
そして部員の家を訪問し、男子部員が出て来ると地区リーダーは言うのです。
「今日は斎藤区男子部長と一緒に回らせてもらっています。では斎藤区男子部長、よろしくお願いします!」
この時、私は「へ?」という感じになってしまうんですよね。
確かに創価学会という限られた組織の中では、区男子部長なんて言う肩書は通じますが、それはあくまでも組織の中の論理であって、いきなり初対面の人に会わせられたとしても、そこで私は一体何を語ったら良いんでしょうか。
まあそうは言っても紹介されたからには、何かしら意味ある事を少しでも残さなければならないので、私の引き出しの中にある話を出しながら、何とか探りを入れつつ会話をしていました。
でもねぇ。。何か過剰な期待を掛けられているなと感じる事は多くありました。
私は何も特別な能力を持っている訳では無いし、そこでいきなり初見の人に会わされた処で、その相手を瞬時に感動させて活動家にするなんて出来ません。ただそうは言っても役職を背負っている以上は、何か小さくでも楔となる言葉を語る事を意識していましたね。
また地区リーダや班長、男子部員と家庭訪問や支部活動者会で語らう事も良くしました。そういう時に質問や相談をされた時、私は時々で必死に話に耳を傾け、様々な助言をした事もありますが、それが後になって部員等からは「あの時、斎藤さんはこんな事を言ってくれたので、私は決意してここまでやってきました」という事を報告される事も度々ありました。
これも私はとても怖く感じたのです。
何故ならそんな時に語られる私の発言の大半は、会話の中で何気ない一言である場合が多く在りましたが、その自分の発した何気ない一言が、相手の人生の中で楔になっている事もあったのです。
先輩から良く言われた「孔子は九思一言(九回思い返し熟考して一言を発する)」という格言には、そういった会話に対する誡めの意味もあったのです。
あと区男子部長なると、区内の男子部の中で私に苦言を呈する人(叱ってくれる人)も少なくなります。恐らく過去の区男子部長であった先輩の中には、こういった環境の中で勘違いをする人もそれなりに居たのではないでしょうか。
要は「天上天下唯我独尊」という勘違いですね。確かに妙に傲慢な区男子部長もいましたからね。
当時の私にはこれが一番怖い事だったのです。
◆折伏活動の時のプレッシャー
この区男子部長という立場は常に奉られている訳ではありません。折伏という活動期間になると、各支部の男子部の部長は皆が必死に折伏成果を競い合います。私が区男子部長の時代も、例えば区部長会等で「気合を入れる」なんて事は一切しませんでした。でもやはり「目標」を立てさせれば、それに対する執着というのは部長という立場の幹部になると必死になる訳です。
それはそうですよね。
区男子部長が言わなくても本部長が部長に詰め寄る事をする場合もあれば、地元の壮年部や婦人部からも「男子部はどうなってんの?」なんてハッパを掛けられたりするのです。
また区男子部長として部長に「支部の折伏状況はどうだ?」と聞く事もあったりします。
そういう事もあってか、良く部長から部員や地区リーダーの折伏に付き合ってほしいという要望も良くありましたが、そういう時には物凄いプレッシャーを感じていました。
何故なら折伏を推進している区男子部長であれば、自分の部員の折伏に入ってもらえば、それなりに「結果」を出してくれるものだと部長は期待をしてきます。もし区男子部長が同行して、部員や地区リーダーの折伏で何もできなければ、部員の行動も徒労に終わりますので、やはり部長の中はパッパ掛ける区男子部長が何も結果を出さないという事になると「何だ、ハッパを掛けながら、区男子部長は何もしてくれ無いじゃないか」と思われてしまいます。そしてこれは組織全体の活動への士気にも関わってきます。
だから私が折伏に関わった時、必ず「入決(入信決意カードに記入してもらう事)」を取りました。加えて言えばこの時には多人数で囲むとか、強制的にカードの記入は迫った事はありません。最終的には友人には納得してもらいカードに記入をしてもらいました。
今から考えると、私が創価班大学校や部長になりはじめの時に、この折伏には大変苦労したのですが、それが基礎的な対話力を付ける事に大変役に立ったとだと思います。
この様に部員や地区リーダー等の折伏に同行する前日には、かなりプレッシャーを感じながらやっていました。
◆多くの人と会う中で感じた事
また区男子部長という立場になると、とにかく多くの人と会う事になります。
区内の男子部の統監数は1,800名を越えますので、家庭訪問を中心にして活動しても、日々多くの人と会話をしていく事になります。初対面の人、前向きな人、批判的な人、そんな中で気心が判りあえる人など、様々な状態の人と会い続けていきます。
そんな日々を過ごしていくと、初対面な人であっても、会った時に相手の性格や、その人が抱えている問題点等がある程度判る様になって来るものです。
「君は〇〇という感じで悩んでないか?」
「いま大きな問題を抱えている様に思えるけど云々」
これは何も摩訶不思議な超能力という事ではありませんが、要は「人に対する気付く艦」の様なものが鋭敏になってくるのでしょう。私自身、自分で会話しながら内心で驚いた事も度々ありましたが、そういった能力も出て来る事が有るようです。
ただ最近では、この区男子部長時代の様に頻繁に人に会う事もないので、この感覚はほぼ失われている様に思えます。
この区男子部長という役職で経験した事は、これ以外にも多くありますが、それはまた次回以降に少し書いていきたいと思います。
あまり面白味が無いかもしれませんが、もう少しお付き合い頂けたら幸いです。