自燈明・法燈明のつづり

思いついたら書くブログです

創価の広宣流布観はおかしい

さて、昨日から衆議院選挙が始まりました。

ネットの世界でも実に騒がしくなってきましたが、そんな中でも創価学会として選挙活動が活発化していますね。

私の嫁はいまだ学会活動家です。

その嫁が先週に同時中継の地区部長会に参加して、なにやら原田会長の御託宣を聞いてきたらしく、そこには公明党の斎藤前代表も登壇していたらしいです。

また今週になって地元組織の地区部長会が、リモートで開催されていました。

私にとっては、どうでも良い事なのですが、リモートで行っていると内容が駄々洩れで聞こえてしまうのです。そこでは私の男子部時代の後輩が壮年幹部をしていますが、彼は「中道改革連合を応援する事が、大事な広宣流布の戦いなのです」なんて事を指導していました。

アホかと。。。

私からすれば、この後輩も役職を得て幹部となり、焼きが回ったなと思いましたが、最後に出てきた県長(私と同じ時期に県幹部をしていた御仁)も同じような内容と、おそらく中央から来たであろうファックスを棒読みしながら「この選挙戦で福運積んで宿命転換の戦いを!」なんて締めていました。

こいつらは何を言ってんだ?

どこまで創価学会本部は、何も考えずに信心だと妄信した会員を利用するのか。

また利用される会員も会員で、こんな妄言をいつまで「信心」だと信じて唯唯諾諾と信じて「集票マシン」として利用され続けるのか。

このリモートの地区部長会を聞いていて、私の中ではいら立ちが大きくなったのです。

落ち着け落ち着け。。。

 

私は二十数年前、創価学会の活動の場から足を洗いました。
その経緯は以下の記事で以前に書いています。

tango-saito.hateblo.jp

この時には先輩だった支部長には「自民党公明党は利用されている」と意見を言うと、その先輩は「違うんだ、公明党自民党を利用しているんだ!」なんて言っていました。

でもどうでしょうか。
自公政権下では公明党は常に「下駄の雪」と揶揄されて、細かい実績はあるかもしれませんが、国家の方向を決める事については、全て自民党に振り回されっぱなしでしたよね。

中道改革連合になってから、公明党新代表となった竹谷とし子女史は「子供達を戦争に送る事があってはいけない」「平和な日本の為に中道改革連合を」みたいな事を街宣で述べていましたが、私は忘れていません。

安倍政権時代、集団的自衛権の問題で騒がれる中、自民党と安保法制を可決させるために動いたのは公明党であり創価学会だった事。

当時、公明党遠山清彦氏は日本会議の会合に参加し、改憲活動に公明党として協力する事を述べた事。

また昨年から高市総理の台湾に関する発言について、公明党は立憲民主と共に騒いでいましたが、高市総理の発言の基本には、安保法制がしっかりと下敷きとして存在している事であり、公明党はこれを他人事の様に非難する資格は本来無いのです。

まるで中道改革連合に参加をしたら、過去の自分達の行いを無い事の様に発言する公明党議員の姿には、正直、激しい憤りと幻滅しか感じえないのです。
(まあ、そもそも公明党議員にはとっくに幻滅してはいますけどね)

 

またこんな茶番劇な様な政党の野合を「広宣流布」と絡めて会員に対して、平気で指導する学会幹部も学会幹部ですよね。

広宣流布」とは、そもそも法華経に説かれた言葉であり、それは末代の世までこの法華経の思想を人々の中に説き続けて、悪鬼や魔民が騒ぐ事の無いようにしていきなさいという言葉でした。

しかし日蓮正宗の時代から、法華経の思想が組織の拡大と変質されていたのです。

そして創価学会としてもこの変質した「広宣流布観」そのままに、創価学会の教勢拡大を「広宣流布」と会員に教え続けました。

だから私が青年部終わりの時代には、この創価学会の教勢拡大の一つの目印として、公明党の支援拡大を述べ、公明党を支援する人であれば創価学会の思想のシンパシーを持つ人だと言い、だから選挙戦でも公明票の拡大が大事だなんて創価学会では指導をしていました。

当時、池田大作氏は言っていましたよね。
公明党が1、000万票取れる社会になったら、この日本はどうなるのか楽しみだ」

 

では中道改革連合の票数が増えたら、果たして「創価学会の教勢拡大」につながるのでしょうか?

所詮は、選挙という政治闘争の上での野合であり、そこで新たに立憲民主支援者の票が上積みされたとして、それはけして「創価学会の思想のシンパシーを持つ人」なのでしょうか?

 

私は違うと思いますけどね。

彼らは単に立憲民主の主張する社会、それは立憲民主主義と言っていますが、リベラルで多様性という言葉を述べていますが、日本社会を弱体化させる思想を持つ人たちに過ぎないと思いますし、それが創価学会の思想と同じとは到底考えられません。

 

またそもそも「広宣流布」という言葉が求めた事は、組織の教勢拡大では無いのです。そこにあるのは、思想運動であり、現代の文明の中に法華経の説く思想をどの様に展開し、根付かせていくのか。そういう事を「広宣流布」というのであって、そんな党利党略や宗教団体の御都合主義の活動は広宣流布とは言わないのです。

しかし真面目な創価学会の会員たちは、広宣流布の何たるかは信濃町の学会本部が決める事であり、自分達はその指示に従う事こそ、仏法本来の活動だと誤認しているのです。

 

そんな事をしていても、日本という社会を混乱させ衰退させるだけなのに、四半世紀も自公連立政権の結果を見て、何故気づきもしないのでしょうか。

 

創価学会の会員も、もう少し教学を学びなおして、自分達の行動を冷静に見つめ直して欲しいものだと思います。確かにそんな無知蒙昧な創価学会の会員を利用する、原田会長を始めとした創価学会執行部にも問題がありますが、騙される側にもそれ相応の責任がある事を少しは自覚して欲しいものだと思いますよ。

 

中道改革連合の動きと、広宣流布は何も連動する事では無いのですから。