自燈明・法燈明のつづり

思いついたら書くブログです

如我等無異について

イランの戦争は未だに収束点が見つかりません。

日本の原油備蓄量は約半年程度と言われていますが、果たして半年の期間の間、解決の目処が立つのか、とても心許無い様に見えます。

さて、先日の記事にも書きましたが、今の人類社会に平和をもたらす為に、一体何が必要なのかを今の時代ほど真剣に考えなければなりません。

今の人類社会ではエネルギー問題もそうですが、地球環境もかなり変化を始めています。そして人類の食糧問題も今後大きな問題となって来るはずです。その様な事を考えてみると、実は人類はいま、大規模な戦争を起こしている場合ではありません。

この人類社会の悲劇の元とも言える戦争ですが、本来であれば一刻も早く乗り越えなくてはならない課題なのです。しかし19世紀から21世紀に至る間でも、この課題を人類は克服せずに来てしまいました。

これは何故なのでしょうか。

これまで国家間の制度や仕組みを作り上げることで、この問題を解決する方向を人類は模索してきました。それは国際連盟であったり、国際連合(連合国)であったり、様々な軍縮会議や条約で戦争を少しでも減らそうと各国政府間で取り組みをして来ましたが、一向に解決の光は見えてきません。

これらの手法では、数年から十数年という僅かな期間の平和を作り出す事には、一定の成果はあったかもしれませんが、結果いつもどこかで骨抜きとなり反故とされ、その後には常に戦争を繰り返してきたのです。

詰まる処、今の人類社会は国家という単位でまとまりながら、その国家間の制度や仕組みを幾ら弄ったところで、この問題の根本的な解決には至らないという事を、これらの歴史は示しているのではありませんか?

究極論を言うならば、この世界から戦争を無くしたいのであれば、この世界から国を無くし、国境を無くしたら良いのです。そうすれば国家の外交としての戦争は、この世界から無くすことが出来るでしょう。

しかしこの世界から「国家」を無くせるのか、という事を考えた場合、これは実に現実味の無い話になります。そもそも国家とは集団の権利を守る組織体であって、人々はその中で生存権を得る事が出来て、様々な相互扶助を受ける事も出来ますし、略奪などから守られている訳です。

もし今の状態で「国家」が無くなった場合、この世界は映画のマッドマックスの世界そものになってしまいます。

今の日本国内で、特に左翼系の人達は何かと「国家」を敵視していますが、「国家」無くして今の人類社会はそもそも成り立ちません。これは何も世界の歴史を知らずとも、日本の歴史を見ても明らかな事です。

人間の本質には狂暴な一面を常に持っているのです。

これは仏教の中でも「一念三千」で明確に示されている事で、人の一念(瞬間の心)には「修羅界」「天界の中の最上位には他化自在天」がある事が説かれているではありませんか。

これは恐らく人類の深層心理の奥深くに沁みついたものであり、そこは容易に変革する事は出来ませんが、もし「戦争反対」を真剣に考えるのであれば、そこにこそ焦点を絞って考えるべきなのです。

ではどの様に変えるべきなのか。

そこは仏教にある「如我等無異」という考え方を人々の中に根付かせていく必要があると私は最近考えているのです。

これは法華経でとても重要な意味を持つ言葉で、現代語で言えば「仏と私たち衆生は、本質において少しも異ならない」という言葉です。ここで言う「仏」とは、単なる衆生救済者の仏ではありません。人々の心の本源としての仏です。つまり自分と他者は、共通の心の根源から出現している存在であり、この世界に存在する価値としてそこに差は無いという考え方です。

法華経に説かれた久遠実成の釈尊とは、そういう心の本源について解き明かしたものであり、日蓮が南無妙法蓮華経と御題目を唱えた事も、そこを志向しての事だと私は考えています。

もし自分と他人が、実は同じ存在であり、そこに差異はあったとしても、それは単にこの世界に出現してきた姿としての差異だと理解すれば、人間社会の在り方は根源的に問い直さなければならなくなります。

つまり人間の価値観の大転換です。

そしてその思想を社会の中で広め、人々に理解をさせて生活の中に沁み込ませてく事を、法華経では広宣流布と呼んだのでしょう。だからその意味での広宣流布を進めていける人々を拡大していかなくてはなりません。

広宣流布とは、単に一つの宗派や教団を拡大する事では無いのです。人類の認識を転換する思想啓蒙活動と言っても良いでしょう。そして今の人類には、この思想転換が必要な時代になってきているのではありませんか?

私は創価学会という教団が、それを実行できる可能性のある宗教団体だと信じていましたが、実際には何故か南無妙法蓮華経の意味を学びもせず、それを単に「祈りの叶うマントラ」にしてしまい、それにより経験する事をテコに組織や国の政治に人々を利用するだけの宗教団体でした。

これはとても残念な事です。

今の人類社会は「自分と他者」を個別に分離した存在だと考え、とにかく自己の利益をまず考える傾向が極めて強く、そこに「他者をも自在に動かしたい」という、仏教で説く処の「他化自在天」の思いが強くあります。そしてそれが集団となり国家という組織の上にも現れています。だから戦争という愚かな行為すら横行していますし、そこで戦わない限り自分の生存すら保障されない社会構造となっています。

この様な問題については、人々が根源的な原因に気付かない限り、けして解決する事は無いと私は考えているのです。

だから少しでも気付きを得て欲しいと思えてなりません。