自燈明・法燈明のつづり

思いついたら書くブログです

死についての現段階の考察①

私が創価学会で活動を始めたキッカケの一つに、十八歳から十九歳の時に私の周囲で知人が二人亡くなった事がありました。数日前、また半年前まで元気に話をしていた人が、棺桶の中に入り遺骨になる姿を見て「人は死んだらどうなるのか」「死とは何か」を深く考え始めたのです。

創価学会は仏教団体を標榜し、そこでは日蓮仏法を語っていたので、何かしらこの大命題の答えが見出だせると考えて四半世紀近く活動を行いましたが、そもそも日蓮仏法には「死」を深く考察する内容は有りません。

日蓮仏法では「死」を考察する以前に、そこには鎮護国家の思想を元にした、法華経信仰が中心となっていて、そこから「立正安国論」があり、現世利益を前面に打ち出したものになっていました。日蓮仏法では「死」に対する事については既成仏教の枠を越えるものはありません。

これは日寛師が書いたと言う「臨終用心抄」を観ても解りますが、そこには禅宗の教えや既存仏教他宗派の教えや、中には身延派の僧侶の言葉を引用してはいますが、日蓮仏法独自の言葉が書かれていない事からも解ります。

創価学会の活動家達が、選挙に必死になって、そこに現世利益を求めているのは、そんな思想性によるもなんですよね。

◆死に対する自覚

私はこれまで様々な文献をあたり、この「死」という事にアプローチをかけてきました。具体的には立花隆氏の「臨死体験」や、近年、欧米等で話題になっているNDE(臨死体験学)では、キュブラー・ロス女史の書籍、京都大学教授のカール・ベッカー氏の書籍、またJ.L.ホイットン博士の「生と生の間」も読み込みました。またチベット僧のソギャル・リンポチェ師の「チベット死者の書」も読んでみました。

しかし私の人生の中で「死」に対する自覚を劇的に深めるキッカケになったのは、やはり今から数年前にあった、自身の大病の経験でした。

これは会社の健康診断で偶然にもガンが見つかり、近所の総合病院を受診の後、ガン専門の病院を紹介されて治療を受けましたが、健康診断で見つかり治療を終えるまでの四ヶ月間の間は、寝ても覚めても私の脇には常に「死」が存在していました。

それまでの私は知識として「死」を学んできましたが、この事を実体験の一部として経験したのは、この時が初めてだったのです。そしてそれは現在も続いており、経過観察で半年に一回、CT撮影を含む再発検査を受けていますが、その度に私は「死」という事が生活の上に顔を出して来るのです。

また私の両親も既に鬼籍に入り、数年の月日が流れましたが、それまで自分の人生とは縁遠い問題が、この両親の死により身近に感じるようにもなっていましたので、この自分の大病はそこから更に一歩も二歩も進んでしまった感じです。もしかしたら親は自身の死へ向かう姿を持って、子供に死を教えるという役割を持っているのかもしれません。

◆死が持つ側面

一言で「死」と呼んではいますが、それには様々な側面があります。

一つは個人に対する側面で、多くの人が「死」を恐れ、最初に恐れを抱くのは、この個人的な側面の事なのかもしれません。これには肉体的な苦痛、精神的な苦悩があります。

仏教的な視点から見れば、「生」とは五陰仮和合の上で成り立つと説いています。これは「色受想行識」を言いますが、「色」とは物質的な肉体を言います。そこには外界を感受する働きがあり、そこから受けた様々な事から「想」という思惟する働きが起きて、そこから「行」という行動を起こします。そしてその全ての事を認識・統率する意識があるというのが私達の姿と説いています。

ここで「色」と呼ぶ肉体は「地水火風空」という五大要素から構成されていると説いていますが、病や事故ではこの肉体の五代要素のバランスを壊します。そうなると五陰仮和合もバランスを崩していき、結果としては「死」という状態へ移行していくのです。

そして死とは肉体を構成する要素が壊れる事から、それを感受する心は痛みや苦しみを感じますが、その事を仏教では「断末魔の苦」と呼んでいます。人が真っ先に「死」を想起する中で、最初に恐れるのはこの事でしょう。

最近の医学の進歩は目覚ましく、仏教で言う「断末魔の苦」については、ある程度軽減する事が出来るようになりました。これはターミナル・ケア(終末期医療)の現場でも疼痛コントロールとして様々な薬剤を使用する事で対応する事が出来ています。

しかし人には心の働きがありますので、「色(肉体)」レベルの苦痛を除去しても、その肉体を通して働く心の苦痛というのは、現代医学を持ってしても完全に苦痛を取り除くことは出来ません。

キュブラー・ロス女史はターミナルケアに関わる中で、この患者の感じる苦しみについて興味深い話を自著に書いていました。

それは病室にいる間、痛みに苦しむ患者も、自宅に戻り家族と過ごす中では痛みを訴えなくなる事がよくあったと言うのです。そこからキュブラー・ロス女史は、終末期の患者に対しては、一つの鎮痛剤よりも暖かいコーンスープの方が、苦痛を和らげる事があるという事を述べていました。

そしてもう一つの側面は、「自分」という存在がこの世界から消えてしまう。という事についての苦悩で、これにも様々な側面があります。

これも私の経験からなのですが、私が健康診断でガンが見つかり、総合病院で再検査を受けるまでの間の事、この当時は健康診断の結果を医者から「恐らく癌」と言われた後、その癌の進行度やこれからの事がまったく見えない段階でした。

そんな状況でも私は極力家族には心配かけまいと思い、なるべく自分の中にある恐れや葛藤を表に出さない様にしていましたが、そんなある時、家族で近所のお店で食事をする事になり、その時に何となくスマホを見ていると、フェイスブックのスレのに「末期癌の中で必死に仕事を片付け、家族に見守られて生き抜いた四十代の男性」という記事が表示されたのです。

正直、この時にこの記事を見て、私は一気にパニックに陥ってしまいました。要は自分の事と記事で紹介された四十代の男性が、私の中で重なってしまったんですね。

「まだまだ死ねない。仕事もそうだが、嫁と子供達を置いて今死ぬわけにはいかない。」

そんな事が頭の中を巡りましたが、しかし嫁や家族に気取られてはいけないと必死に平静さを保とうとしました。しかしそこから食事も一気に喉を通らなくなるし、冷や汗が噴出してしまい、顔面の蒼白になっていた様なのです。嫁からは「顔色悪いけど大丈夫?」と声を掛けられましたが、このパニックになった心を落ち着かせるには少し時間を必要としました。

自分という存在が、この世界から消え去る。そしてそれにより起こるであろう、周囲の出来事もそうなのですが、苦悩の根底にあったのが、この「自分」という存在が、もうすぐこの世界から消えてなくなってしまうという事について、自分自身の中で大きな恐怖が出現したのです。

これは、それまでの私の人生の中では経験した事の無い感情の蠢きでした。

後に仏教関連の書物などに目を通す中で、この蠢きの根底にあるのは「我執」である事を理解しましたが、そんな強烈な執着というのが、自分自身の中にある事を、私はこの時に初めて実感したのです。

仮にも創価学会の中で「人は死んだらどうなるのか」「死とは何か」を究明したいと考えていて、その為に教学を学び、信仰だと信じて学会活動を四半世紀も必死に続けてきたのですが、その解決に何ら近づいても居ない自分をそこで私は理解したのです。

 

以上が、これまでの私の考察に対する過程の話です。

ではそこからどの様に考察を深めて行ったのか、その事については次回以降で書いていきたいと思います。