自燈明・法燈明のつづり

思いついたら書くブログです

はじめまして

はじめまして。

 

Hatena Blogを始めました、斎藤単己と言います。

単己とは法華経に「況んや復単己にして遠離の行を楽えるをや。」(従地涌出品第15)ある言葉から引用させてもらいました。

私は二十代から四十代までの四半世紀近く、創価学会の中で活動をしてきましたが、四十代半ばで組織活動から足を洗い、現在に至っています。

人生をそろそろ振り返りが必要な年齢になった今、別に組織で徒党を組んで生きていかなくても良いし、やはり自分の人生、考え思う事は自由でありたいと考えたからです。

ここでは創価学会で経験した事、学んだこと、そしてそこからの自分自身で考え思った事について書き連ねていきたいと思っています。

本ブログのカテゴリーとして以下の様に分類しています。

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もしお時間がある方がいたら、お付き合い頂けたら幸いです。

 

これからもよろしくお願いします。

 

信仰の先の政治活動で起きる事

いやぁー・・・中道改革連合が空中分解して、界隈は騒がしい限りですね。

しかし七か月で自壊始める政党というのも、私は過去に聞いた事がありません。

そもそも中道改革連合の結党時の内容を見て「中道思想に賛同して参加してくれた」なんて、斎藤公明党(当時)代表は自画自賛していましたが、その中道で当選したのは、公明党の議員が半分を占めていて、中には「常勝関西」という強固な地盤で前回の衆議院選挙で落選した「伊佐進一」までが比例名簿で再選を果たした事をみて、当時の私は「なんだかなぁ」と感じても居ました。

そもそも地元基盤の選挙区で支持されなかった政治屋が、野合した政党でしかも比例名簿の上位を独占した結果として再選を果たしたと言ったところで、そんな政治家が国民からの付託されたと言えるのでしょうか。

この伊佐氏なんかは落選後にYoutuber擬きの活動に力点を置き、スパンコールの衣装を身にまとい、それを受けてか当時の公明党の地方議員でもスパンコールを着て、Youtubeに出て来る輩も出る始末。

この姿に私は伊佐氏を始め、公明党議員の多くは政治を舐めているよなと感じていました。

私も二十歳の頃から、創価学会の男子部に身を置いて、創価学会の中で「選挙戦」と呼ばれる選挙活動に携わってきました。

そこでは地方選挙や国政選挙の「企画室」「選対」と言われるところで、支援活動に従事もしてきました。また時には、地元で任意に立ち上げたとされる支援団体の責任者を名乗り、様々な団体に出向いて支援のお願いに頭を下げて来た事もありました。

もちろん全て「ボランティア」です。
創価学会の専従職員幹部の様に、支援期間の間、職場が「有給扱い」となり活動をするなんて立場でもありません。だから「企画室」や「選対」で深夜まで拘束され、その翌早朝に駅頭の街頭演説の準備をして、候補者と共に駅頭に立った後、眠らないまま仕事場に行った事も良くありました。

そんな中で理解した事の一つに、公明党は創価学会が無ければ存続しない政党だという事です。

このブログでも以前の記事で少し書きましたが、公明党の議員には3通りあります。

一つは地方議会の議員です。

彼らの多くは末端組織(区・圏や分県・総区、もしくは総々県)の幹部経験者の中から、学歴や組織への忠誠心を見られてか、創価学会から指名されて立候補します。私の知人の中には「〇〇副会長から言われたら、断る道は無い」という事で、この創価学会からの指名を受けて立候補した人もいます。

二つ目は非学会員の議員です。

こちらは国会議員で居たりします。近年では池坊保子氏がこれに当たります。
こういった人は、創価学会本部が直接スカウトして公明党から出馬させているのでしょう。

三つ目は国会議員です。

こちらは創価学会の会員の中から、例えば東京大学という有名大学を卒業者や創価大学の卒業者の中で、著名な大手企業で勤務している人や、官公庁で官僚をしている人、弁護士をしている人等の中から創価学会本部が選定し指名されます。

一つ言えるのは、こうした公明党から出馬している議員というのは、若い時から政治家を志望していた訳ではなく、あくまでも創価学会(公明党は政治部門なので表向きは公明党になるのかな)から「貴方はどこそこから出馬しなさい」と指示を受け、政治家になっているという事です。

例えば最近は判りませんが、自民党では書生みたいな感じで国会議員の下で訓練を受けたり、親が政治家なんでそれを受け継ぐという事で政治家となったりしていますが、何れも彼らは政治家を志して若い時期を過ごしています。これは共産党とか他の政党に似た様な方が多いでしょう。

しかし公明党議員というのは、宗教団体の信者の中から、学会本部が「有望」と見込んだ人物を選抜し、その選抜した信者を創価学会が組織的に支援をして、国会議員や地方議会の議員として送り込んで行くのです。

この時に創価学会としては、かたち上は公明党から支援依頼があって、社会協議会で検討した結果、それぞれの候補者の支持決定をするという事になっています。

しかし実態としては、創価学会が指名して本人に言い渡し、そんな人物を候補者としていくわけであり、創価学会の中で「支持決定」する「社会協議会」なんてものを、私は見た事がありません。この協議会の構成員には誰がいて、どの様な議論を経て支持決定をしたのか、エビデンスとなる議事録すら見た事が無いのです。

男子部で私は分県幹部をやっていましたが、その立場に居てもこういった事を見聞きした事はありません。

議員の選抜も創価学会が行い、その議員の支援活動も創価学会が行う。
こういう仕組みを理解した時、ああ公明党は創価学会が無いと成り立たない政党なんだと理解しました。

あと公明党の代表選出についても、完全に出来レースですからね。
他党では当たり前にある「代表選挙」なんて、公明党の中で形として作り上げていますが、それだけの事で実体として出来レースなのは明らかです。

だって、公明党の代表選挙で、複数の立候補者が居て、公開登録を行い投票によって選出したという事はありませんよね。形として「代表選」をやった事にして、選出されたと言っていますが、実態はこの代表指名と選出に創価学会が深く関与しているのは明らかです。

また創価学会の候補者への支援も歪なものです。

私は男子部でこういった仕組みを理解してから、自身の投票行動には常に悩みました。それは「〇〇さんを支援する、公明党を支援すると言っても、どの様に友人に説明するのか。また組織の部員にはどんな説明したら良いのか」という事についてです。

こと政治の事なので「池田先生にお応えする為」なんてセリフ、私は言いたくありませんし、そんなセリフ、社会の中では通じません。

「年金安心100年プラン」の時には、その説明も何とか組み立てられたのですが、それ以降は、自分の中でこの事は破綻してしまいました。

いまX(エックス)上では様々な情報が出てきていますが、私が男子部後半の時代にはSNSなんて無かったので、この支援に関しては創価学会の組織から上意下達で伝わる情報や、地元の公明党議員から発信される情報。あとテレビ等の報道内容が情報ソースでした。そこからくみ取っても、公明党を積極的に支援するモチベーションが持てなくなったのです。

だから男子部後半の時期、私は県幹部の時代から部員より「公明党は支持できない」という相談を持ち掛けられた時には、「政治と信心は別だから良いと思うよ」と回答して、後に県男子部長からクレームを言われたりもしましたが、けして盲目的に支援活動する事は推奨しない事にしたのです。

そもそも創価学会の中で「(元公明党委員長の)竹入は恩知らずだ」とか、「矢野は忘恩の輩でとんでもない裏切り者だ」なんて事も聞きましたが、それ以前に当時から公明党議員の不祥事は数多く在り、その不祥事についても全て議員本人だけに責任があって、組織的には責任なく被害者なんだというスタンスも気に入らなくなっていました。

何故なら、そんな人物を議員に選んだのも、支援したのも創価学会ではないか。
問題ある議員が公明党から出たとして、何故創価学会としてその事を総括しないのか。けして議員本人だけに責任がある訳無い事は、少し考えてみたら解る事です。

そこからの結論として「創価学会・公明党は他人を責め立てる事をするが、自身を総括出来ない組織なんだ」という事を理解したのです。

そんな公明党も令和の御代となり、創価学会が組織的に弱体化した事により、集票力の凋落も止まらなくなってきました。そして先日の総選挙では「中道改革連合」という政党を立ち上げ、そこに立憲民主党を取り込んで、見事、衆議院の議席を増やす事が出来ました。

しかしこれは「禁じ手」の様なもので、恐らく来年の統一地方選挙や、次の国政選挙で公明党として大きな痛手を受けるのは間違いないでしょう。

ネット上では創価学会と公明党の関係について、「政教一致だ」という批判は未だに出ています。

それに対してネット上の創価学会の活動家などは、「政教一致では無い事は、過去の内閣法制局長の答弁で決着済み」と述べています。

確かに法律的な解釈として、宗教団体だからと言って、組織として支援活動を禁止するものではないし、創価学会が国の権力の一部を行使している訳ではありません。

しかし信仰活動の主軸に「票集め」「投票行動」を据えて、それによって信仰的に御利益があるという指導を行い、信者を煽るのは如何なものなのでしょうか?

これは法律的な問題以前に、組織としての矜持やモラルの問題として、大問題ではありませんか?

信者は信仰の行動として票を集め投票し、候補者をとにかく持ち上げます。

しかし民主主義政治では、投票によって人々は候補者を自身の政治的な代理人として付託する行為であって、そこに信仰的な理由で介入することは、基本的人権に対する重大な介入行為である事は間違いないでしょう。

そういう事が問題なのですが、投票行動を信仰活動として刷り込まれた人達にとって、これは理解出来ない事の様です。

これでは「牧羊羊」の様に、信者を信仰の美名で手名付けて、結果として民主主義という制度を破壊している様なものではありませんか。

この「信仰の先の政治活動で起きる事」として、今回の中道改革連合の一連の騒動もあったのではないか。私はその様に見ているのです。

 

分裂した中道改革連合について

中道改革連合がいよいよ空中分解を始めましたね。

中道改革連合については、本年初頭に以下の記事をアップしています。

tango-saito.hateblo.jp

今年の初めに「新たな塊の軸」として、元公明党の斎藤代表は「中道思想に賛同して結集した」と言い、中道改革連合に参加する立憲民主党の衆議院議員も公明党のいう中道思想、これは仏教の中道思想と当時は誤解されていましたが、要は池田大作氏の示した中道思想に賛同した事を述べ、けして「選挙目的の野合」では無い事を主張していました。

しかし当時からこの中道改革連合への合流は、立憲民主党の執行部の独断であった事は漏れ出ていましたよね。

そして8月31の「3党党首(中道、立憲、公明)階段」では、この先、立憲民主党と公明党が中道改革連合への合流が正式に断念され、これで中道改革連合への合流は破談となったのです。

政党は国会議員だけで構成されている訳では無く、地方組織も関係しているので、来年の統一地方選挙を考えて、特に立憲民主党では受け入れられなかったんでしょうね。

 

いったい、中道改革連合って何だったんですかね?
まるで「真夏の夜の夢」よろしく、公明党の見たナイトメア(悪夢)だったのかもしれません。

そもそも立憲民主党と公明党の政策は異なるものでした。

例えば安全保障政策について。

公明党は加憲(憲法に自衛隊の明記)を認め、自公連立政権当時には安保法制の制定にも尽力した姿に見れる通り、現実的防衛力の整備を掲げていました。しかし立憲民主党では防衛費増額には慎重な立場をとり、安保法制に対しても当時「反対」の姿勢を明確にしています。

次にエネルギー政策で特に原子力発電について。

公明党は原子力発電所の再稼働を現実的に認めるという選択に対して、立憲民主党では反原子力発電所を明確に掲げています。

その他にも幾つか細かい差異はありますが、国の安全保障とエネルギー政策は、国家運営の根幹にかかわる事なので、これはつまるところ「この日本という国をどの様にするのか」という事について、根本的にアプローチしている路線(政策と言っても良いでしょう)が両党で異なる事が解ります。

ただし公明党と立憲民主党で共通点もありますが、それは「生活者重視の政策」という事です。

この両党とも「人への投資」を重視し、公明党は教育無償化の実績もあり、立憲民主党では介護・補遺幾の待遇改善を重視し、消費税の軽減・食料品ゼロ税率を目指す事を詠っていました。

しかし国民生活者の重視の政策を共に考えていたとしても、その根幹たる国家の運営に関する観点が異なれば、結果としては、この先の分裂をする事は目に見えていた事だと私は感じていました。

 

さて今回の分裂劇ですが、一番の要因はやはり先の総選挙の結果が大きな要因だったと思います。

先の衆議院選挙前、公明党は24議席持ち、立憲民主党は167議席を持っていました。

だから中道改革連合について、当時のマスコミは「自民党に対抗できる大きな塊になる」と予想もしていました。

しかし当時の状況を振り返って見ると、公明党はその基盤となる創価学会の組織力の下落も目立つ状況で、選挙戦略でかろうじて議席を維持していましたが、得票数の下落傾向は止まる事がありませんでした。

一方、立憲民主党についても近年の国会論争では、政権に対して批判ばかりを繰り返し、国民からの支持も低下して、国民民主党への支持への移り変わりも見えていて、石破政権時代に解散・総選挙を迫るタイミングもありましたが、選挙を行った場合、立憲民主党として議席の減少は避けられないだろうと言う下馬評もあり、内閣不信任案の提出も出来ないほど、政党としての求心力が低下していた状況です。

ここで共に足腰が弱体化した政党が、公明党では自公連立政権を離れた事で、得られる自民党票の補填を立憲民主党に求め、立憲民主党は立憲民主党で、公明党の後ろにいる創価学会票を当てにして合流した結果、自民党の高市政権への人気の反動もあったのかもしれませんが、49議席という惨敗の姿を晒してしまったのです。

ただこの選挙結果をよくよく見ると、元公明党では24議席から28議席へと議席増を果たしましたが、立憲民主党に至っては、167議席から21議席というみじめな結果でした。

この立憲民主党の議席減の背景には、比例代表名簿の上位を公明党出身の議員が占めた事も一因はあるでしょう。

従来、立憲民主党では小選挙区で敗退しても、比例による復活当選という事もありました。しかし比例名簿の上位を公明党が独占した事によって、その望みも断たれてしまいました。一方、公明党では、例えば広報委員長でスパンコールを着てYoutuberもどきな行動にご執心の「いさ進一」などは、前回の衆議院選挙では創価学会でも「常勝関西」と呼ばれる学会地盤の強いの選挙区であったにも関わらず落選しましたが、今回は比例で再選を果たしたのです。

組織同士が付き合う場合、Win-Winの関係を持たなければ、上手く行く事なんてありません。私も過去に新規事業の立ち上げの際、協力会社や賛同者と付き合う際には、如何に相手このWin-Winという共に利益を得られる形を見せられるのか、そこには大いに苦心をしたものです。

つまるところ、私からみたら公明党と立憲民主党は、互いに互いの懐を見て合流しましたが、公明党独り勝ちの結果となった事で、立憲民主党がそこに合流する事は出来なくなってしまったのでしょう。今回の合流に向けて、立憲民主党では地方組織の反発もあったという事から、その事が見て取れます。

これはある意味で「道理の上」で当然の帰結ですね。

現在のところ中道改革連合の小川代表は、統一会派を組む事で、分裂の姿を何とか隠し通せないかと模索している様ですが、そもそも政策で国の根幹に関して異なる考えの集団を「統一会派」にする意味があるのでしょうか?

これは政治への愚弄とも見える行為です。

ちなみに元公明党代表の斎藤氏などは、他党との合流という事も発言していましたが、ここでも見ている観点が異なっている事が露呈していますよね。

中道改革連合支援者のうち、立憲民主党側の支援者は政治的な視点で見ていますが、公明党側の支援者は政治的な視点ではなく、いまだ信仰的な視点で見ている事もわかります。

これについて細かい事は省きますが、XのPOST内容を見ていると、それはそれで痛々しささえ私などは感じてしまうのです。

今の世界は既に冷戦終結から四半世紀以上経過しました。

当時は米ソの二大大国の時代でしたが、現在は多極化した世界になり、ロシアのウクライナ侵攻を皮切りとして「パワーゲーム」の姿勢が顕著になっています。

本当はこの世界は平和であるべきですが、この平和の維持については、難しい時代にもなって来ています。

また欧米では移民問題も社会の治安悪化の要因の一つになっていますが、日本も近年、外国人の流入が増加し、過去であれば中国人やフィリピン、パキスタン等の人達だったところ、近年ではベトナム人やアフリカ系、またインド系の外国人の国内流入も増えてきています。

これまで日本社会は「島国」故の治安の良さもありましたが、これから先は、多くの外国人が入って来る事で、これまでの日本の治安の形も変わって行くでしょう。何故ならば、外国人は文化や宗教も異なりますので、社会生活の中の常識に対する感覚も異なります。日本社会としてもこれから起きる変化(多くの日本人には悪化と映るでしょう)への覚悟をしておく必要があります。

その様に変化をする社会へ向けて、日本の政治も否応なく変化を求められると思いますが、それはこれまで国民が当たり前と考えていた思考をも変化させる必要があると思いますが、日本社会はどの様に進んで行くのか。

今はまだ、暗中模索という処でしょうね。

 

高市総理の「存立危機事態」発言について考える

 

中道改革連合(元公明党)の伊佐議員が今回、中国を訪問して来ました。

今の日本と中国の状況から言っても、この時に訪問しても大した進展は見られない事は、すでに解っていた事ですが、まあネット上(X)に見られる支持者たちの反応というのは、全く現状を認識出来ておらず、語るに値しない内容ばかりです。

そもそも現在の中国と日本の関係悪化の引き金になったのは確かに高市総理大臣の2025年11月7日の衆議院予算委員会での発言にある事は認めます。

でも、果たして高市総理一人の言動でここまで悪化するのでしょうか。

 

この事について書く前に、私のスタンスについて明確にしておきますが、私は高市総理大臣の熱烈な支持者ではありません。

前にもこのブログで少し書きましたが、私が創価学会の男子部の時、高市女史が選挙に出馬の際に、奈良県婦人部に泣きつき、当時、四月会で創価学会も揺れている中でしたが、高市女史は「当選の暁には創価学会を護る」と言った事から、当時の婦人部は高市女史を支持しました。しかし結果、当選した高市女史はその後、四月会と共に行動したという事がありましたので、私は個人的に高市女史は信用成らない議員と思っていました。

しかしその後、日本の政局の中を見て行く中、岸田政権や石破政権と比較して、高市政権のスタートアップ時の政治姿勢は、それ以前の政権と比較してベターだという判断の下で、現在の高市政権には一定の支持をしています。

しかしだからと言って、高市総理を熱狂的に支持している立場でもありません。また国政の評価は年単位の政治の結果を見て判断すべき事であるので、現段階ではまだまだ様子見をしているというスタンスです。

 

さて、話を戻します。

そもそも高市総理の「存立危機事態」の発言について、これが国際的な常識を逸した発言をしたと私は考えていません。

ここで当時の国会での発言について振り返りをしてみます。

2025年11月の予算委員会では、高市総理に対し、立憲民主党の岡田克也議員が次の様に質問しました。

「台湾・フィリピン間のバシー海峡が海上封鎖され、その封鎖を解除するために米軍が介入し、中国軍がそれを阻止するため武力行使を行う場合、これは存立危機事態に当たるか?」 

当初、高市総理はこの質問について明確な回答をしませんでしたが、岡田議員の執拗な質問に対して、以下の発言をしました。

「戦艦を使い武力行使を伴うなら、どう考えても存立危機事態になり得る」 

この発言が全ての始まりでした。

高市総理の発言は、アメリカが台湾海峡で中国の台湾侵攻を切っ掛けとして戦争状態となり、中国艦艇がバシー海峡を封鎖した場合、どの様に振舞うのかという事についての発言です。

以前はアメリカも「一つの中国」という外交スタンスでしたが、バイデン政権の時からこのスタンスを変更し、台湾を一転、認めるスタンスとなりました。そしてその上で、軍事力で中国の台湾侵攻に対してけん制しはじめました。

こういったアメリカの姿勢の変化もあり、この高市総理の発言について、中国共産党政権は「台湾有事が日本の集団的自衛権の行使の可能性を示す発言」として強く反発し、結果として外交問題化したのです。

しかし考えてみて下さい。
まず「集団的自衛権」とは国連憲章第51条にも明記されたものであって、国際法上は何らこの集団的自衛権の行使を認めた発言をしても問題は無い事なのです。あとにも述べますが日本とアメリカは軍事的同盟関係にあります。

一方、中国は近年、国外に対して覇権姿勢を明確に示しており、近年では南シナ海での実行支配の行動をより活発化し、その行動は近隣諸国に対して脅威となっています。フィリピンでは中国艦艇に漁船がぶつけられ、尖閣諸島では中国海警が日本漁船を追い回し、先日は日本の領空を中国軍機が侵犯したのは記憶にある話です。

この高市総理の発言に対して、在大阪中国総領事(今回、いさ氏を中国へアテンドした人物)である薛剣(せつ・けん)がXで2025年11月8日に以下のPOSTをして、この問題は日中間でより大炎上したのです。

「勝手に突っ込んできたその汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない。覚悟が出来ているのか。」  

この発言は外交上極めて異常な内容で、外交官が一国の宰相に向けての殺害示唆とも受け取れる発言に、海外からも批判がありましたが、日本国内でも多くの批判が噴出しました。

その後、日中両国間の関係は一気に悪化をしていきました。

私が思うに中国は極東アジアでの覇権を強めようとしているのは明確であり、その為の一つの「示威行動」として、高市総理の発言を取り上げ、敢えて日本との国交をこじれさせる事で、日米関係に楔を打ち込もうとしたのかもしれません。

 

この発言で、日本国内では「高市総理は中国に詫びを入れろ」という発言も見受けられますが、国際法上で特に問題ない発言を、一国の宰相が行った事で、何故わざわざ詫びを入れなければならないのでしょうか。

 

ここで「存立危機事態」の事について、少し書いてみます。

この存立危機事態というのは2015年の安保法制(平和安全法制)で新設された法律上の定義であり、そこから生まれた概念です。そしてその定義は安保法制の中核をなす「武力攻撃事態等及び存立危機事態法」(平成15年法79号の改正)に明記されています。

この法令本文によると「存立危機事態」について次の様に定義されています。

「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命・自由・幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態 」

高市総理の「存立危機事態」の発言とは、この安保法制を根拠として為されていた訳ですが、では高市総理の発言がそれほど突飛で、日本がまるで中国に対して好戦的な立場にある事を述べたものなのでしょうか。

高市総理は岡田克也議員の質問にあった「台湾・フィリピン間のバシー海峡が海上封鎖され、その封鎖を解除するために米軍が介入し、中国軍がそれを阻止するため武力行使を行う場合」という事について回答しています。

このバシー海峡は日本が中東方面からの原油輸送ルートを始め、日本の海外貿易にとって重要な海峡であり、ここでもし紛争が発生し、中国によって海上封鎖などが行われた場合、日本へのエネルギー供給や様々な資源の交易が完全にストップしてしまう事が想定されます。

これはまさに「我が国の存立が脅かされる」事態となる事は明確な事であり、主権国家の宰相であれば、こういった危機感を持つ事は、何も特別な事ではありません。

また高市総理も「戦艦を使い武力行使を伴うなら」という前提を述べての事からも、この発言はバシー海峡の海上交通が戦争により中国が海上封鎖した事を念頭に述べたもので、それは著しく日本の国益を著しく損ねる事態である事から「存立危機事態」という認識を示した訳です。

また日本はアメリカとの間で「日米安全保障条約」を締結していますので、アメリカが台湾周辺で戦争行為に入ったのであれば、日本はアメリカとの外交関係上、けして「他人事」で居る事は出来ません。

これらの事を考えてみても、高市総理の発言が、日本の宰相として不適切な発言内容では無いと私は考えています。

 

ただしこの様に言った処で、今の日本には根本的な問題があり、それが今回の高市総理の「存立危機事態」の発言により、如実にその問題が顕在化してしまいました。

 

一つ目は、日本という国は自国の安全保障体制を、自国でコントロールする事が出来ない国家であるという事です。

今の日本には、防衛力として「自衛隊」は存在しますが、これは正規軍組織ではありません。本来、軍組織とは国内法ではなく国際法の下で行動する組織であり、それが故に他の国では「軍法」「軍司法」を持っています。しかし日本の現行憲法では、これらの事は既定されてもいません。それが故に、もし日本が何れの国から侵攻された場合、アメリカ軍の支援無しに自衛隊だけで自国を護る事は出来ません。

また現行憲法を如何に斜め読みした処で、本来は主権国家であれば当たり前にある集団的自衛権という権利を、今の日本では現行憲法で持つ事は無理がある事であり、現在、安保法制も実は法治国家の根幹を考えると、きわめて危険性のある法律でもあります。

つまるところ、今の日本という国は、自国の安全保障を持つ事が出来ない国家である事が問題であり、自国の安全保障を自分達の国だけでコントロールする事が出来ないという事で、これは詰まるところ戦争のコントロールが自分達の国だけでは制御できない事でもあるのです。

 

二つ目は、国民自体が「戦争」という事の本質を理解していない事です。

戦争とは国家間の外交の延長線上にある行為であり、要は国家間の利害で互いに合意できない状況になった場合、最後の手段として国家がとりうる行為が戦争なのです。

しかし今の日本人の中で、この戦争という事を理解している人が、どれだけ居るのでしょうか?

この戦争を理解していない事で、日本人の大半は「外交」についても正当に理解出来ていません。今回のいさ氏の訪中でも、多くのPOSTで「対話」という事を言っていましたが、外交で行われるのは「対話」ではなく「交渉」であり、そこには互いの国家の利害の駆け引きが行われるのです。

今の日本人の大半は、戦後八十年、アメリカ軍の傘の下に居て、経済的に発展する事は国民の中でも意識をしてきましたが、国家安全保障という、自分達の国の安全については何ら正面から見据える事もせず、学校教育の場でも子供達に教育すらして来ませんでした。ただ子供達には「日本国憲法があるから日本は戦争は巻き込まれない」と教えるだけで、戦争の起きる仕組み、戦争の内容、戦争の本質、人類史の中で営々と続けられてきた戦争については、一切教育をしていません。

だからいざ国家の間で関係性が悪化すると、その悪化した要因に思考を向ける事が出来ない人が多くなってしまったのでは無いでしょうか。

戦後の日本は戦争から目を逸らした。しかし戦争は日本を見なくなった訳ではないのです。

 

三つ目は政治の劣化です。

政治には国内政治(内政)と国外政治(外交)の両面がありますが、何れの政治にしても今の日本は劣化が著しくなっています。この背景にはやはり国民の政治への関心、意識の深さ、社会への見方や考え方が関係してきますが、とにかく、政治の劣化が近年著しくなってきています。

民主政治とは独裁政治を生み出す苗床にもなれば、ポピュリズム政治となるリスクを常に孕んでいます。それが故に国民は常に社会の動向に目を向け、政治を監視する事と共に、他者と「言い争い」ではなく「議論」をする能力を持たねばなりません。

しかし今の日本社会には、それらを持つ人がどれだけ存在するのでしょう。

またもし有事となれば、軍組織を指揮命令するのは政治家です。

しかし今の日本の政治家の中に、それを行える政治家が幾人いるのか。そこを考えると私はうすら寒い思いを感じてしまうのです。

 

最後ですが、今回、いさ氏は中国に訪問した訳ですが、本気で中国との関係をこれまで通りにしたいのであれば、まずは安保法制を廃止にする動きをすべきだったのです。

いまXで山ほどいさ氏を支援するPOSTを投稿する人達も、いさ氏がこういった行動をとる事を徹底して支持し、国内にムーブメントを起こせばいいのです。

そもそも公明党の結党以来、憲法護持、戦争反対を詠ってきた訳ですし、安保法制の成立時には、それまで池田大作会長と懇意であった慶應大学の憲法学者の小林節教授も反対し、同じく池田大作氏と親交のあった平和博士のガルトゥング博士も反対の声明を出していたではありませんか。

そういった声を無視し、自民党に阿諛して安保法制を通過させたのは公明党なのですから、高市総理の「存立危機事態」発言の根拠を公明党が提供した訳で、そんな安保法制を元公明党のいさ氏が廃止にする事を手土産にしていけば、中国の共産党指導部は諸手を上げて、いさ氏を歓待したと思いますよ。

 

ただ、それをやったとしても、その後の日中関係が、それまでの日中関係と同じであるかは、誰も保障出来ないと思いますけどね。

 

娑婆世界という言葉について

間もなく八月も終わろうとしていますが、最近の日本の状況は半端ないですね。

熊本は大きな震災に見舞われてしまい、関東方面では先日、千葉県で豪雨災害が起きてしまいました。この週末も埼玉県や都内、あと神奈川県でもゲリラ豪雨で被害が発生していますが、一方、西日本では異常なほどの渇水状態が続いています。

日蓮の言葉を借りるのであれば、今の日本は以下の状況なんでしょう。

「夫れ天地は国の明鏡なり今此の国に天災地夭あり知るべし国主に失ありと云う事を鏡にうかべたれば之を諍うべからず国主小禍のある時は天鏡に小災見ゆ今の大災は当に知るべし大禍ありと云う事を」
(法蓮抄)

ここで日蓮は、国の状況というのは、そこにいる国主の姿を明鏡の様に顕すもので、国主に小さな失(とが)があれば、小さな災いとして顕れ、大きな失があれば大きな災いとして顕れると述べています。

日蓮在世の時の国主とは幕府の為政者であり、主権在民の国家である現在、民主主義国家の形態である日本は、この国主に該当するのは国民です。

つまるところ、日蓮の言葉を借りるのであれば、今の日本の災害に見舞われている状況というのは、国民の政治に対する姿勢の間違いがあるからという事にもなるのでしょう。

また同じく日蓮は立正安国論で以下の様にも述べていました。

「仁王経に云く「国土乱れん時は先ず鬼神乱る鬼神乱るるが故に万民乱る賊来つて国を刧かし百姓亡喪し臣君太子王子百官共に是非を生ぜん、天地怪異し二十八宿星道日月時を失い度を失い多く賊起ること有らん」と」

これを見る度、今の日本国内の状況を明確に指摘している様にも感じます。

個々で言う鬼神とは、創価学会では「思想の乱れ」なんて漠然と述べていますが、これは日本社会の「善悪の基準の乱れ」を指します。

日本社会にとって、何が「善い事」であり、何が「悪い事」であるのか、明確な線引きを今の社会ではされなくなってしまいました。それがTiktokをはじめとしたSNSには顕著に顕れています。

具体的な例で言えば、回転寿司屋や牛丼チェーン店内で行われたモラル無き行動です。それ以外にもSNSでは「バズる」事を意識した動画投稿によって、様々な問題も起きていますが、これなどは当に社会の「善悪基準の乱れ」を顕著に顕しているものでしょう。

そんな社会なので「百姓亡喪し」とある様に、社会の基幹を担う人々が今の日本では疲れ切ってしまっています。

そんな中で「臣君太子王子百官共に是非を生ぜん」とありますが、国家の運営を担う官僚や政治家の中では、本来、議論をすべき事すら為されておらず、ひたすら互いに讒訴する事ばかりに血道をあげてしまっている状況となっています。

またそんな状況なので「天地怪異し二十八宿星道日月時を失い度を失い多く賊起ること有らん」とある様に、本来であれば季節の運行も異常な状況が発生し、国には多くの賊(この場合には外敵ですが)が来てしまうというのです。

最近では中国人の国内犯罪以外にも、ベトナム人の犯罪、またムスリムによる様々な犯罪行為なども目立っていますが、これなどは「賊」と呼んでも良い状況です。

でも、私はだからと言って「日蓮大聖人の仏法に帰依しろ」なんて事は微塵にも思いませんし、創価学会や中道改革連合が頑張れば、これらの問題が解決に向かうなんて事は考えてもいません。

この現在の状況は、宗教が関与したところで悪化はすれど、改善する事なんてありえませんからね。

こんな中で、公明党で以前に小選挙区で落選し、前回の総選挙で中道改革連合の比例代表により議員復帰した「いさ進一」氏は、最近になってXを止めようかなんて発言していました。

そもそも創価学会や公明党に対して、Xは風当たりが強い媒体ですが、そんな中で多くの批判コメントを受けて、さすがスパンコールを着て調子に乗っていた伊佐氏も疲れを感じてしまったのでしょう。

まあそんな気持ちになるのも解りますが、そもそも前回の参議院選挙以降、SNSを次世代で支援拡大のツールとして利用しようなんて公明党がぶち上げて、それにのってスパンコール着て芸人モドキの様なスタイルで臨めば、火に油を注ぐように誹謗中傷に晒されるのは解っていた事でしょう。

何を今さら言ってんだ、なんて私は思うのですが、そこは彼の思慮の浅さが見て取れるという物です。
幾ら東京大学を卒業し、官僚をしていたとは言っても、そういう感性はまるっきり無かったんでしょうね。

残念な「政治屋」です。

 

そんな事を考えもしますが、私自身も、このXを見ているとモヤモヤとした思いに囚われてしまいます。何故、こんな日本になってしまったのか。またこの世界、この今の文明社会は何時まで持ちこたえられるのか。

また日々の生活の中でも、仕事に追われ、家族の様々な問題を感じて悩み苦悩する事は止む事がありません。できればそんな現実から離れたいなんて思いもしますが、それはこの現実世界で生きていく上では、絶対に無理な事なのです。

そんな事を思う中、ふと仏教の「娑婆世界」とはどんな世界観を示していたのか、少し振り返りをしてみました。

 

一般的に「娑婆世界」と言うのは、この現実社会を指す言葉と言われていますが、仏教においては、釈迦が衆生を救い導く世界=この世 を指すと言われていて、大乗仏教では「三千世界」の総称としても使われます。

またこの娑婆世界とは煩悩と苦悩に満ちた現実社会であり、浄土(極楽浄土)とは対となる「此岸の世界」を指しています。

この「娑婆」という言葉は、サンスクリット語で「sahā(サハー)」と呼ばれ、意味としては「耐える、忍ぶ」という意味があるそうです。

そして法華経に於いても「是れより来、我常に此の娑婆世界に在って説法教化す。」と有る様に、久遠実成の釈尊は常にこの耐え忍ぶ世界の中にあって、人々を導いてきたと説いています。

 

つまるところ、仏教とは「人生の苦悩」から目を逸らすという事ではなく、その「人生の苦悩」の中にこそ、人生の救いが見いだせるという教えなのかもしれませんね。

日蓮も開目抄では以下の様に述べていました。

「此即ち本因本果の法門なり、九界も無始の仏界に具し仏界も無始の九界に備りて真の十界互具百界千如一念三千なるべし」

仏性とか仏界なんて言っていますが、それは九界(煩悩が断ち切れない凡夫の心)の中にこそ仏性は存在するものであり、仏性の働きといっても九界を離れて別の姿で顕現する事はありません。

人は苦悩の中でこそ、自身の真の価値を見つけられるものであり、苦悩を避けて目を背けた処で、自身の真の価値を体得する事なんて出来ないという事なのでしょう。

 

娑婆世界という事から、そんな事を考えていました。

 

組織信仰と提婆達多の考察

さて今回は組織信仰と提婆達多について考察をしてみます。

このブログを読んでいる人であれば、提婆達多という存在の事は知る人が多いのではないでしょうか。

私が子供の頃には「レインボーマン」という子供向けのドラマがあって、そこの主人公であるレインボーマン(正式には「愛の戦士レインボーマン」という題名)である主役のヤマトタケシは、インドの山奥で修行して、提婆達多の魂を宿し、この日本を守るヒーローとなりました。

だから子供の頃にそんなドラマを見ていた私は、提婆達多の事をインドの山奥に住んでいた正義の仙人みたいなイメージを持っていましたが、創価学会で少し仏教を学んでみると、実はこの提婆達多というのは師匠の釈迦を裏切り軽んじた極悪人であり、釈迦に対して幾度も裏切り殺害を企て、最後には無間地獄に堕ちた極悪人だと教わりました。

よく未来永劫、成仏が出来ない人の事を創価学会や日蓮正宗では「一闡提人」と呼んでいましたが、その一闡提人の具体的な姿は提婆達多とも教えられたのです。

創価学会に於いては、近年で言うと山崎正友とか、まあ組織に逆心を抱き行動したと組織が決めた人物についても一闡提人なんて呼んでましたし、「提婆達多の様な反逆者」なんて事も言っていました。

しかしそんな提婆達多ですが、妙法蓮華経には提婆達多品というものがあり、そこでは提婆達多は実は釈迦の前世では阿私仙人という法華経を教えた師匠であり、誹謗正法の恐ろしさを示すために敢えて今世には極悪人として生まれて来たと明かされ、天王如来という記別(未来の成仏の約束)を受けていて、日蓮もその事から悪人成仏という事を述べています。

この事は、日蓮の事を少し齧った人であれば解りますよね。

しかし妙法蓮華経を良く読み、思索を重ねていくと、そもそもこの「悪人成仏」とか「一闡提人」という考え方自体、実は法華経の思想性とは相容れないのでは無いかと考える様になりました。

何故なら久遠実成の釈尊という事から考えたのであれば、提婆達多とは言え、この娑婆世界に出現した久遠実成の釈尊の一つの姿である事には間違い無いからです。

この事については、以下の過去記事を参照してください。

成仏について① - 自燈明・法燈明のつづり 
  ~
成仏について⑥・・・現段階のまとめ - 自燈明・法燈明のつづり

あともう一つ。

妙法蓮華経の初期の経典には、提婆達多品は含まれておらず、後世になって妙法蓮華経にこの品は付加されたという事も、近年では言われていて、その背景には仏教教団の中で提婆達多教団というのが存続しており、実は大乗仏教の勃興時に、大乗仏教教団と提婆達多教団の和解があり、その証として提婆達多品が法華経に組み込まれたと言われています。

これについては一つの学説であり、別にここで信じろなんて事を言うつもりはサラサラ無いのですが、仏教史自体が明確に判っていない事もありますので、私は個人的にこれはありうると考えているのです。

そんな事で、少しこの提婆達多という人物と、釈迦と何で対立したのかについて少し調べてみました。

◆提婆達多について

様々な仏教説話の中で、この提婆達多については語られているので、恐らく実在の人物だったのでしょう。

提婆達多(Devadatta)は釈迦の従兄弟(一般的には十大弟子で多聞第一の阿難の兄とされています)として生まれ、初期の仏教教団の中では優れた修行者として高い評価を受けた人物だと言われています。

複数の初期経典によると、提婆達多は十二年間、釈迦のもとで修行に取り組み、読経・誦経・問法・座禅に励んだとされていて、六万の経典を諳んじ、禅定に入り心が動じる事は無かったと言われていました。

そんな提婆達多の姿は教団の中でも若手の出家者の中では惹かれる人も多くいて、またマカダ国の王子の阿闍世(アジャータサットゥ)からも強く支持をされていたと言われています。

恐らく釈迦教団の中でも、修行に於いても率先垂範で行い、後輩の修行者や在家の支援者からの支持も厚く、しかも王子からの信任も厚かった立場にあった事から、提婆達多としても教団の未来について思う処があったのかもしれません。

一節では釈迦が72歳、提婆達多が47歳の事に、提婆達多は釈迦に対して「高齢なのだから僧団の統率を譲れ」と迫ったと言われています。この時、提婆達多は壮年であり、釈迦は既に老境に入っている年齢です。様々な経典では迫ったとか要求したと書かれていますが、果たしてそうだったのでしょうか、そこは解りません。もしかしたら老齢に入った釈迦に対して意見具申したのかもしれません。

◆提婆達多の要求

この時の提婆達多の要求は「指導権を譲れ」という事になっていますが、これは釈迦教団の中央集権的な組織化を要求したものだと思われます。

それまで釈迦はサンガ(修行者の集団)については、誰の所有物でもなく、法(ダルマ)を中心とした非中央集権のネットワークとして運営していた様です。しかしその一方で仏教教団は急速に拡大しており、出家者の増大はその周辺にある在家信徒の拡大にもつながって居ました。

確かに教団内には「戒律」というものは存在していましたが、急速に拡大していった出家者の中には、緩いサンガによって堕落した者も少なからずいた事は容易に想像が付きます。

そういうサンガの実状を見て、自分自身も厳格に律して厳しい戒律の中で修行に励んでいた提婆達多からすれば、「これはサンガの堕落であり、これでは仏教教団は何れ形骸化して消えてしまうかもしれない」という危機感を覚えたとて、何ら不思議な事ではありません。

だから提婆達多は釈迦に会いして「指導権を譲れ」と要求すると共に、サンガの中に厳格な戒律と組織力の強化に伴う統制の必要性を感じ、それを釈迦に要求したのではないでしょうか。もしかしたら釈迦滅後の教団の行く末について、一番考えていたのは提婆達多だったのかもしれません。

しかしその提婆達多からの要求に対して釈迦は、サンガは誰の所有物でもなく、あくまでも法(ダルマ)を中心に自律的な運営をすればよく、教団はあくまでも「修行者の共同体」という姿勢を崩しませんでした。

「提婆達多よ、私は汝に僧団の統率を譲ることはない。」

また提婆達多が要求した厳格な戒律と組織力の強化の要求に対しては、

「提婆達多よ、汝は僧団を破壊しようとしている。」  
「これらの苦行は、望む者だけが行えばよい。全員に強制してはならぬ。」

と叱ったと言われています、

そしてこれが提婆達多に対する釈迦からの回答でした。

この叱責を公衆の面前で受けた事から、提婆達多は釈迦に対する瞋恚を募らせていき、この後にサンガを分裂するだけでなく、釈迦の暗殺を企て、釈迦の体に傷をおわせてしまうなどの大罪を犯す事になったと言われています。

ただしこれが正確な表現であるかどうか、最近の私は少し懐疑的に思っています。

歴史は常に勝者が残すと言われていますが、教団に於いては「正しい」と信じる大多数の門下や信徒を抱えた側が残します。当時のサンガは釈迦のカリスマ性によって維持された組織であれば、そのカリスマの一言によって提婆達多の立ち位置は厳しい状況になった事は容易に想像できるのです。

この傾向は近年の創価学会という宗教団体の中にも、見て取れる事ですよね。
「池田大作」という御輿を担げた人のみが、正義を語り、人々はその正義を語る人の言質のみ信じてしまうと言う事が。

釈迦のサンガに於いても同様な事が無かったといえますかね?

◆釈迦と提婆達多の対立点

釈迦と提婆達多の対立点について、改めて考えてみると、提婆達多は教団として組織統制をしっかり固め、そこで組織の永続性を考えたのかもしれません。一方、釈迦は教団の組織化(組織統制の強化)については必要ないという立ち位置でした。

しかし一般的に考えて、巨大な集団が組織統制力を持たない場合、それは結果として組織力の低下をもたらします。要は組織としてトップが居て、その下にピラミッド形式の組織が無ければ、それはけして組織として永続する事はありません。

特に指導者のカリスマ性の下に出来た組織であれば、カリスマ無き後、そのカリスマ性を維持する人物が存在できなくなった時点で組織力の低下が否めないのは、現在の創価学会を見ても明らかな事ではないでしょうか。

戦後の焼け野原の日本で、戸田城聖という希代のカリスマは、数年の間で七十五万世帯という急速膨張した組織として創価学会の基礎を築きました。

そしてその後を受けた池田大作は、戸田城聖を越えるカリスマ性を発揮し、昭和五十年代には八百万世帯という巨大組織にまで創価学会を拡大したのです。これは実に十倍の規模に組織拡大をした事になります。

しかし池田大作氏も晩年となり、創価学会の組織の永続性を考えた時、「師弟不二」を主張しました。これは正木元理事長(現在、去就は不明ですが)が副会長時代に主張した事ですが、教学ではなく池田大作氏と会員の間を「師弟」という人間関係によって維持強化を図ろうとしたものです。

しかし残念な事ですが、いま現在に至っては、青年世代は壊滅的となり、組織も老齢となった会員たちの奮闘によって、何とか維持をしている状況で、この老齢となった会員も鬼籍に入る人が増えていく中、どうしても組織維持が難しくなっている状況になっています。

そもそも仏教の始祖である釈迦は、教団の維持については無頓着でした。

自身が亡き後、弟子達が教えを伝えて行けば良いと考えていたのかもしれませんが、そこに組織化した教団というのは考えていなかったのでしょう。その事はこの提婆達多の事を省みると解ります。

要は志のある人達の中で「法(ダルマ)」が伝承すればそれでよく、そのダルマが残れば仏教はけして無くなりはしないと考えていたのではないでしょうか。

そう考えてみると、「組織信仰」を唱える思考というのは、実は提婆達多的な思考であり、それはそもそも始祖である釈迦の本意では無いのではありませんかね?

私は創価学会の非活動家なので、ついつい創価学会の現状について重ねて考えてしまいますが、戸田城聖氏は「私の命より大事な組織」と言い、池田大作氏は「組織を大事に」「組織を離れないように」と良く語り、晩年には「師弟不二」を提唱して、組織の永続性を求めていた様に見えますが、仏教自体、そもそも「組織信仰」を求めていないのに、そこに執着するのは如何なものかと思ったりするのです。

この段となり、信仰者として必要なのは、釈迦が晩年に唱えた「自燈明・法燈明」であり「犀角独歩」の精神なのではありませんか?

 

成仏について⑥・・・現段階のまとめ

ここまでつらつらと書いてきましたが、この「成仏」という事について、個人的に考えた現段階のまとめについて書いていきます。

 

創価学会の中では一念三千を通して「人間は仏の生命をもった尊極な存在だ」と結論付けています。そしてその観点で世界平和を実現できると言っています。

いわゆる「人間主義」という言葉ですね。

しかしこの「人間主義」で平和な社会を実現する。それは無理でしょう。

何故なら、過去から人類は「人よりも価値のあるものがある」という言葉で戦争を始め、戦争を止める時には「人より価値があるものは無い」という言葉を使ってきましたが、これは時々に人間の価値を上げたり下げたりしているだけです。

人の心の中に「仏様」が居るから、人は尊極な存在だなんて言葉も、こういった言葉と同じレベルの話にしか過ぎないと私は思うのです。そしてだからこそ、創価学会が「SGI」だ「国連」だと言い、昭和四十年代後半から様々な活動を展開してきましたが、今の国際情勢を見ても何ら人類に益を為していません。

だから私はこの創価学会の説については、今さら肯定する気にもなりません。

 

それよりも「久遠実成の釈尊」の様に、人生や社会の中を自他彼此(自分と他者、あれ此れという差別的な観点)の考え方で捉えるのではなく、この世界の人々は共に同じ心の土壌から出現している同質の存在だという事の方が、私はしっくりくるし、人類全体がその価値観の元で生きていけるのであれば、また世界は変って来るのではないかと思います。

例えば目の前の敵も、実は姿を変えた自分自身なのである。
そんな価値観です。

もちろん、この「久遠実成の釈尊」が示した仏界の姿、それに基づく日常的な私達の心の働きの構造を、より科学的に証明しろと言った処で、現代の科学は「眼に見える物理現象」については証明できますが、眼に見えない事についての証明は実に不得手です。

目に見えない事は一般的に「オカルト」と呼び「非科学的だ」と排除しますからね。

だからそこは「信じる」しかない、というのが実状です。

でもそういう考え方を、人々の中に相互理解を深めて行きながら、浸透させていくしか人類の未来は無いのではないか。そしてそれこそが法華経の「広宣流布」の意義ではないかと私は思うのです。

もちろん、単に法華経の経文にはこうある、日蓮の言葉にはこう書いてある、という事を指し示していくのは大事かもしれませんが、それ以上にその法華経の思想を理解した人達は、様々な世の中の動きなどを通して、それぞれが「自分自身の言葉」で語れる様にならないといけないと思うのです。

その為には不断の研鑽と思索というのが、どうしても必要になると私は考えています。

何もある特定の宗教団体の構成員が増える事が、法華経の「広宣流布」では無いのです。

 

日蓮正宗を始め、創価学会や顕正会も、そこを理解していないですよね。

 

あともう一つ。

この法華経の「久遠実成の釈尊」と一念三千の事から思うのは、実はこの教えとは「自分自身の人生の肯定」でもあると思うのです。

人生とは、実に不条理な事が沢山あります。
私も、アラカンとなるこの年齢になりましたが、偶に思うのは「私の人生とは恥の連続ではなかったのか」という事です。

成功や幸せだけなら良いのですが、実に不幸や世の不条理を感じる事も、人生の中には多くあります。

ではそんな人生を「否定」なのか。
調子のいい時は肯定し、不都合な部分は否定しても良いのでしょうか。

日蓮が開目抄の中で述べた言葉に「九界も無始の仏界に具し仏界も無始の九界に備りて真の十界互具百界千如一念三千なるべし」というのがありました。

これは色相荘厳の仏の姿として、仏界はこの世界に顕れるのではなく、九界という喜怒哀楽渦巻く心の姿として現れながら、その心の姿の中にこそ仏界はあるという言葉です。

これをもっと掻い摘んで行けば、人生の幸不幸の事象の全てが心の本質にある「仏」というものが起こしている事であり、例えそれが人生の様々な苦境の場面であったとしても、その苦境とは実はすでに計画されたものであって、その経験とはけして人生の中で不要な時間や無駄な時間ではなく、しっかりと意味があるものだという事を示しているのではないでしょうか。

これが仏教には無い言葉ですが、あるクリスチャンも言っていました。
「神はその人が越えられない苦難を与えはしない」

つまるところ、いろんな苦境があったとしても、途中で投げ出さずに生き抜いていけば、その苦境の奥にある意味を人は理解する事が出来るという事を指していると思うのです。

だから法華経の「久遠実成の釈尊」で示す事の中には、「己の人生を否定してはならない」という事があって、逆に「己の人生を否定する事が、人生の最大の不幸である」という事を、指し示していると私は思うのです。

そういう事から法華経の教えとは「自分自身の人生の肯定」だと感じています。

 

いま、人類社会は大きな岐路に差し掛かっています。

表向きの姿としては、例えばイランとアメリカの戦争という姿で現れ、またロシアとウクライナの戦争の姿、そしてパレスチナ地域の紛争の姿として現れています。

これは人類社会の動きとしてですね。

しかしそれ以外にも地球環境は大きな変化を起こし始めています。これから十年後、二十年後の地球環境を予想する事は、誰にも出来はません。現にこの先の地球環境は、さらに地球温暖化が進むという説と共に、未だにこの先急激に地球寒冷化が進むという説も言われ続けています。

これは地球環境の話です。

そして個人のレベルでは「多様性」とか様々な言葉が語られていますが、何れの考え方も既成の価値観を壊す内容が多くあり、人々は何が善で何が悪なのか、右往左往し始めています。

これは一人の人間の中の話です。

そんな世の中だからこそ、世の中に起きる事象のその奥にある事をしっかりを見据えられるだけの智慧を得る為の思想が今の人類社会には必要になっているのではないでしょうか。

そしてその一つが法華経には隠されている。

私はその様に感じているのです。

 

もちろん、これは私個人の考え方であり、多くの人に納得と共感を得るとはかんがえていません。しかしいまネットの中では「法華経を信奉する」という創価学会の言動や日蓮正宗、顕正会の言動には、教理的な枝葉末節な議論ばかりが目立つことが残念でなりません。

 

ちょっと色々と書いてみましたが、これは私の現段階のまとめとしての内容です。

あまりまとまり無くて申し訳ありません。

これからも様々に思索を重ね、語彙力の向上にも努めていきたいと考えていますが、引き続きよろしくお願いします。