自燈明・法燈明のつづり

思いついたら書くブログです

ドラゴンスネーク②

ボライヨン氏がこの土地に引っ越してきて、数日が過ぎました。

◆ドラゴスネーク出現

彼は日々釣りに熱中し、美しいサンゴ礁で魚を沢山釣り上げていました。友人のジョセフは村では最高の漁師と呼ばれていますが、ある時、彼は夜に松明を点けてやれば魚捕り出来ると言うので、夜に槍で魚を捕る事にしました。ジョセフは槍で魚とりをしている間、ボライヨン氏も何本かの釣り糸を垂れて、どんな魚が取れるか様子見をしていました。

ジョセフが漁を終えてダグアウトカヌーを海から引きあげて来て、既に取ってきていた魚の山に、更に漁ってきた魚をくわえ、ボライヨン氏と二人で魚を洗っていた時、ジョセフは突然大きな声で叫びました。

「そこそこそこ!!ドラゴンスネーク!ドラゴンスネーク!」

彼はビーチの右手を指さして叫んでいましたが、ボライヨン氏もそれを見た時、直ぐに信じられませんでした。

約1キロほどの沖合に、非常に明るく光る白い物体があって、それが水の上をゆっくりと飛んでいます。私はこれが現実なのか自問自答しながら妻のミリアムに双眼鏡を持ってくる様に言いました。

双眼鏡で見てみると、それは星の様に明るく光った約60フィートの円形であり、一切音を立てずに動いていて、それが海の中に沈むまでの数分間に渡り観察する事が出来ました。

するとジョセフは10分ほど待ってみなと言いましたので待っていると、その明るい物体は再び海の中から出現し、以前にも増して明るく輝いていました。

この目撃体験に少し驚いたので、ジョセフとボライヨンは家に帰ってから「ドラゴンスネーク」について様々な話をしました。ジョセフからは、もしある夜にドラゴンスネークを見ない日があったら、翌日の晩には必ず見る事が出来るよ。と言っていました。確かにそれから7か月の間で、このドラゴンスネークの目撃はボライヨン氏自身、60回までカウントを取っていましたが、途中で記録を止めるほどその後、頻繁にみる事が出来たのです。

またこの時にボライヨン氏はジョセフに宇宙の仕組みについて説明し、タイムライブの本に掲載されているUFOの写真を見せ、これがドラゴンスネークであり、白人の世界ではそれを「未確認飛行物体」と呼んでいる事を説明しました。ジョセフや彼らはこのUFOをドラゴンスネークと呼び恐れていて、それについて彼自身、知見を持っていなかった事にとても驚きもしていました。

ボライヨン氏自身も、この体験には少し恐怖を感じていたのです。

彼は自身の目撃例が60回を越えるまでの間で、北西ガダルカナルのUFOの滝の水の底を調べ、後に隣の島であるマライタ島の中央東海岸と、その島の中央にあると言われるUFOの基地について調査をしました。この最初の目撃によりこういった調査を独自に行った事で、地球外生命体に対するボライヨン氏の考え方は大きく変えられました。またこのドラゴンスネークというものは、実は一世紀以上もこの地域で語られていた事が明らかになったのです。

またこの調査結果を見てみると、ガダルカナル島とマライタ島の地球外生物は、この島にいる島民を容認できず、非友好的な行動を示している事が判りました。実際に調査をする中であからさまな誘拐事件や殺人事件も確認できたのです。一つの例として、1900年代初頭には、ボライヨン氏の現地の原住民の友人の祖父が、このドラゴンスネークによって焼却殺害された事件も確認出来ました。

◆UFOの活動を地図にプロットする

ボライヨン氏はこの最初の目撃から2週間の間、最初の目撃と同じ場所で更に三回目撃をしました。彼はこの目撃を繰り返す中で疑問を持ちました。

 ・UFOは常に海に沈んでいくが、これは何が目的なのか。
 ・そして海の中では、どこへ移動しているのか。

村の目の前の海は、第二次世界大戦で連合国軍と日本海軍が激戦を繰り広げた海です。この激戦により、オーストラリアの重巡洋艦のHMASキャンベラ、またアメリカの重巡洋艦のUSSシカゴが撃沈された場所になっています。ボライヨン氏はこの撃沈がどの様に為されたかは判りませんが、もしタイタニック号の様に沈没した艦船を調査して、ドキュメンタリー番組にする事が出来たら、とても面白いものになるとも考えました。

それから更に数日後、ボライヨン氏は友人のジョセフと一緒にホラニアに行き、エンジン付きの23フィートのグラスファイバーボートを購入しました。また歴史博物館に立ち寄って、これから調査する海域に関する情報を調べる事にしました。すると驚いた事ですが、重巡洋艦HMASキャンベラや重巡洋艦USSシカゴが沈んだ場所で、UFOが海の中に消えていた事が判ったのです。これは単なる偶然なのでしょうか。

このUFOがこれら古い戦艦に何らかの興味を持っていると言うのか、もしそうならばそれは戦艦の何に対して関心を持っての行動なのか。これは当時、ボライヨン氏にも不可解な疑問となったのです。

この歴史博物館に立ち寄った後、島の地図のある役所へ行き、ガダルカナル島の北西部の1/25,000の地形図を購入して帰りました。

実はジョセフとホラニアに行っている間に、彼には10番目の子供が産まれていました。20歳代後半の夫妻で10番目の子供が産まれるというのは、驚くべき事だとボライヨン氏は思いました。そして翌週の日曜日には、産まれた子供の洗礼が教会で行われ、その子供の名前に彼の妻はボライヨン氏にちなんだ名前を付けました。

この教会の洗礼には、ホラニア出身の白人司祭が来るとなっていて、ジョセフの子供以外にも5人の子供達が洗礼を受けに来ていました。白人司祭の行う洗礼を見る為に多くの人達が教会を訪れていたのです。

ボライヨン氏はその後の宴会の為に豚を2匹購入し、自宅の庭先で豚を調理し、宴会を行う準備をしましたが、洗礼が終わるとその宴会には多くの人達が訪れてくれて大賑わいとなり、中には地元の首長も来てくれていました。

ジョセフが自宅へ戻った後、ボライヨン氏は2人の首長の処へ行き、丁寧に自己紹介をして懇談をしました。そして懇談の話の中で彼はドラゴンスネークの話題を首長に投げかけました。すると首長はドラゴンスネークについて、実に多くの事を知っていたのです。

ひとりの首長には兄弟がいて、その一人は彼が小さい男の子の時代に、ドラゴンスネークによって殺害されたと言います。首長らは誘拐と殺害事件の事を私に聞かせてくれましたが、それを聞く事で、やはりUFOは明らかに地元民とは非友好的である事の確信を深めたのです。UFOに搭乗する異星人は、他の国では友好的な話もありますが、少なくともこのソロモン諸島では友好的では無いようです。

ボライヨン氏は自宅に戻り、購入した地図を元に、このドラゴンスネークの「基地」が何処にあるのか、自力で歩き調べる事にしました。