
◆観心という事について
さて、日蓮は観心本尊抄では「観心」という事を頭に付けています。これはつまり、この御書で示す事は「観心の本尊」という事であり、単なる本尊の事では無いと私は思いました。
ちなみに「観心」とは何かですが、この詳細については「観心本尊抄」にも触れられていますが、要は「心を観じる(見る、観察する)」という事を言います。ではどの様な事を行うのかというと、天台宗では内観行として座禅が行われていたと言われています。これは中国において天台宗は禅宗と呼ばれ、日本で禅宗と呼ばれている臨済宗や曹洞宗と言った禅宗は達磨宗と呼ばれていたと言う事からも解ります。
つまり「観心の本尊」とは「観心をする為の本尊」なのか、「観心した内容の本尊」なのかという事ですが、恐らく私は後者の様に思えます。その理由とは唱法華題目抄には以下の言葉を日蓮は書いている事から推察しています。
「愚者多き世となれば一念三千の観を先とせず其の志あらん人は必ず習学して之を観ずべし。」
ここでは「愚者多き世となれば」とありますが、要は仏教に疎い人たちが多くなった時代では「観をさきとせず」という様に、観心(内観行)を行う必要が無いと言っています。つまり日蓮が末法の時代に弘教する上で観心はそれほど優先して取り組むべき修行ではないと考えていたと思うのです。そして「其の志あらん人は必ず習学して之を観ずべし」と、取り組みたい人がいるなら取り組んでも良いが、その場合にはしっかりと勉強してから取り組むべきと言っているのです。
また日女御前御返事(別名:御本尊相貌抄)では、以下の様にこの文字曼荼羅について述べています。
「此の御本尊全く余所に求る事なかれ只我れ等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におはしますなり、是を九識心王真如の都とは申すなり」
ここで「此の御本尊」と文字曼荼羅の事を指し、それは「只我れ等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におはしますなり」と言っていますが、それは取りも直さず私達の心の中にある相貌だといい、それを「九識心王真如の都」と呼んでいますが、九識論の九識(阿摩羅識)の姿であると言っています。阿摩羅識とは仏界の別名であり、天台宗でも観心の目的とは、この阿摩羅識の感得だと言われています。
この様な事から考えた時、「観心の本尊」とは「観心をする為の本尊」とは考えられません。そうなると日蓮が感得した内面の世界を「観る」本尊、すなわち「観心した内容の本尊」と捉えた方が、より日蓮の真意に近いと私は考えています。
◆日蓮は感得したのか
創価学会では、小説人間革命第4巻「生命の庭」の章には以下の記述がありました。
「戸田は獄中で二百万遍の唱題を重ね、法華経の涌出品を読み返すうちに、突然、霊山浄土の会座にいるような感覚に包まれる。彼は「これは夢ではない、現実だ。私は今、ここにいる!」と叫び、歓喜の涙を流す。そして「おれは地涌の菩薩ぞ!」と確信する。」(要約抜粋)
これが本当にあったかどうか、そこは判りません。しかし多くの学会員はこの小説を事実と理解しているので、戸田会長は虚空会に参加したと信じているんでしょう。
では日蓮は自身で「観心」を行った事で、これと同じ経験をして、それを文字曼荼羅に書き顕したのでしょうか。
これについて、日蓮の文字曼荼羅の諸尊の勧請の内容について、少し分類してみました。内容としては抜粋としては以下の様なものでした。
【如来】
・釈迦如来
・多宝如来
・金剛大日如来(No.18)
・善徳仏/善徳等諸仏/善徳如来(No.11/13/16/18/20/21/24/27/31~47)
・胎蔵大日如来(No.18)
【菩薩】
・文殊菩薩
・普賢菩薩
・弥勒菩薩
・薬王菩薩
・智積菩薩(No.101/102/103/105/107/108)
以外な事は大日如来や善徳仏が勧請されていたり、智積菩薩も勧請されていたのもありました。また文字曼荼羅の上部左右にある讃文について、今では当たり前についている「有供養者福過十号」「若悩乱者頭破七分」が全ての文字曼荼羅に記されている事もなく、他にも様々な讃文がありました。
これらの事を考えてみると、日蓮は文字曼荼羅の相貌を知ったのは感得で知ったのか、それとも法華経を通読する中で、そこから読み解いたのかは判りませんが、何れにしても試行錯誤を積み重ねながら相貌を認めていた様にも見えますので、先の戸田会長の様な「天啓」の様に知ったという事とは、少し違うのでは無いかと思うのです。
ちなみに、これは個人的に考えている事ですが、創価学会の中で戸田会長の悟達の逸話としての虚空会の儀式について、私はこの体験がもしあったのであれば、これは禅宗などで言う処の「魔境」の体験に近い事なのでは無いかと考えています。私が何故この様に考えたのかと言えば、私が青年部時代、夜中にお題目と唱える中で魔訶不可思議な体験をしたという人は、ぼちぼち居ました。例えば夜中に仏壇が金色に輝いたとか、文字曼荼羅が大きく見えたとか、中にはお題目を唱えていると文字曼荼羅から火の玉がどんどん自分に向かって出て来た等、そういった体験をする人がいました。
禅宗では座禅で瞑想をしている中で、そこで如来を見たとか、菩薩を見たなどという経験をする修行者もいるそうですが、その場合、禅宗では「如来を〇せ」とか「菩薩を〇害しろ」という指導があると聞きました。要はそういったビジョンを見る事で、修行者がそれに執着してしまい、本来求めている境地に辿り着けなくなるという事だからだそうです。
人は極限状態や無意識層へのアクセスをする中で、そういった経験をする事があるというのは、以前から聞いた事がありますが、恐らくそういった類の事ではないでしょうか。だから戸田会長の悟達の体験というのは、本来あまり重要視すべき事では無いと考えています。
少し話題がずれましたが、日蓮がこの文字曼荼羅を認めるに際にて「天啓」の様な経験が有ったのか、無かったのかですが、こればかりは真実は日蓮の心の中にしかありませんので、ここで断定する事は出来ない事だとだけ書いておきます。
◆一機一縁の本尊説
これは創価学会というより、日蓮正宗で日蓮の文字曼荼羅について言われている事です。日蓮の文字曼荼羅で現存するものは123体と言われていますが、先に示した楊枝曼陀羅以外にも、様々な文字曼荼羅が存在します。


これら相貌の違いなどもあるせいか、日蓮正宗では日蓮直筆曼陀羅のうち、大石寺の奉安殿に安置されている大曼荼羅以外は、個別の門信徒に日蓮が与えた「一機一縁の御本尊」と呼んでいて、それら文字曼荼羅に祈っても功徳は無いという事を言っています。
しかし昨今、この日蓮の文字曼荼羅の研究も進んでいて、大石寺にある大曼荼羅は実は日禅授与の本尊を基に、後世になって作り出されたものであるという説が浮上しています。確かに奉書に「法華講中」と大曼荼羅に記されていますが、日蓮在世の時代にあった講として記録されているのは「大師講」であり、法華講は後世になって組織されたものです。また願主も弥四郎国重とありますが、こちらについても熱原の信徒の中には存在しません。
そもそもそういった大曼荼羅のみ「万機万縁(全ての人に与えられた)」と解釈し、現存する日蓮の曼陀羅は「一機一縁」としてしまうのも、実は日蓮の文字曼荼羅の真意を理解する上で、大きな誤解の元にもなりかねません。ただこの真意を探ろうにも、大石寺は奉安殿に安置された文字曼荼羅の科学的な解析は拒否しているので、調査しようもないのですが。。
だた日蓮は確かに文字曼荼羅については、信心強盛なる門信徒に与えたのは事実であり、そこは一機一縁とは別の観点の事はあると思います。そもそも日蓮は、世の中に無造作にばら撒くために、この文字曼荼羅を顕した訳ではないと私は考えているのです。